2010年6月19日土曜日

努力するほどモチベーションは下がる?

 道に迷ったとき、大事なのは、努力することではなく、道を知っていることです。

 それと同じく、目標が達成できるのは、努力の多嘉ではなく、達成に必要なことの実行にかかっています。ですから、目標を達成するには、達成に必要なスキルを有していることが条件になります。

 努力が必要になるのは、「スキルを身につける」という具体的な「事」と「時」のことです。精神主義的な努力の奨励では、このことを勘違いしていて、奨励の矛先は「結果」に向けられています。

 スキルを身につけることに努力しないで、目標達成に努力するとうなるか。結果は行動の結果でしかないので、行動が間違っていたら、思うような結果が出るはずはありません。

 それでも、道理を無視して、誤った努力の奨励に暴走して、努力すれば努力するほど、今度はおかしなことになっていきます。お客さま相手だとお客が逃げ出すことも生じてきます。道理を無視すとは、世の中の仕組みを無視していることに他ならないからです。必ず迷惑している者がいるからです。

 やってもやっても成果も成長もないまま、やがて疲弊して、モチベーションが上がらないばかりでなく、放置しておくと、モラルが低いという問題に向き合うことになります。

そんなことにしないように、大事なことがあります。

 現在、自分が持っているスキルの棚卸しをして、目標達成に必要なスキル、不要なスキルを見える化します。

 じぶん力を見える化するのです。目標達成に不要なスキルは横に置き、達成に必要なスキルだけを並べて、その上で不足するスキルを並べる。これを身につけるようにします。自己啓発の基本です。

 そこで問題が浮上します。目標達成に不要でも、好きなことに関するスキルなら自然にアップできますが、必要であっても関心が持てないスキルの向上のプロセスはストレスの原因になります。

 しかし、この状態のままにしておくと、何をしていいのか分からない人になります。なにをするにしても中途半端に感じて自己効力感に不足を感じます。何でもやれそうで、何にもできそうにない感覚に陥ります。可能性があると言えば聞こえがいいが、裏付けがないので、正直リアリティがなく、可能性とは感じないのです。

 大事なことは、したか、しなかったか、しているか、していないか、4つの事実だけです。リアリティもこのなかにしかない。

 可能性を云々するときに、根拠にするのは、したか、しなかったか、しているか、していないか、の事実だけに求めないと、妄想になってしまいます。「できるけれど、していない」というのは「できない」ということなのです。これを本当の意味での可能性にするには、「できないけれどしている」状態に変えない限り可能性は現実のものになりません。

 ある会社の幹部がこんなことを言ってました。
 「利益が出なくなり売上も落ちたら、みんな本気で目標達成に取り組んでくれるだろう」その時、私は「茹で蛙」の話をしましたが、案の定、会社は潰れました。

 「茹で蛙」の話をしたら、みんな理解を示します。しかし、理解を示した人が「茹で蛙」になるのは、「できるけれど、していない」を「できるけれど、していない(だけ、だから)できる」と都合のいい「可能性」に置き換えて解釈をしているからです。

 「できるけれど、していない」のは、「したくないから、していない。」あるいは「できないから、していない。」からです。もし、そうでなかたったら「しています。」

 もちろん、「できるけれど、していない」場合もあります。この場合は、しないほうがいい、あるいはどうでもいいと判断しているからです。だから、「できるけれど、していない」というニュアンスの言葉は出てこないし、しないほうがいい理由も具体的、かつ説得力があります。

 問題を先送りする人は、問題が深刻な事態になるほど機能しなくなります。何かのキッカケで価値観が変わることもありますが、価値観が変わってもスキルがないと行動の結果は無惨です。

 このことは、必要なスキルが身につけば価値観が変わることを意味しています。つまり現実がやまびこのように答を返してくれるのです。

 必要なスキルと、必要でないスキルを整理して、自分のスキルを見える化する。その作業は、現実の世界に身を投じる最初の一歩といえます。

 個人の場合もそうですが、特に組織の場合、問題になるのが、なにが必要なスキルなのか、分かっている人が組織に誰もいない場合です。でもそれに直面して事実を受け入れるると、遅くさえなければ間違いなく発展のチャンスになります。

 何をしたらいいのか、何をやめたらいいのか、という問題は、限られた時間内で生きている人間にとって、重要なテーマなのです。

 モチベーションの高さは、必要なスキルに比例はしませんが、スキル獲得の欲求とは比例しているのです。
(知識・技術要因 http://www.genkipolitan.com/mo /tisiki.html)

 必要なスキルを明確にして、スキルアップに具体的な努力ができるtと、モチベーションはアップします。

2010年6月8日火曜日

自分を劇的に変えるために、プロセスに注目できるスキルを高める。

自分を劇的に変えるために、プロセスに注目できるスキルを高める。

 「よし、やるぞ!」とやる気いっぱいになってスタートすれば、誰でも目標達成が可能になるかというと、そうはいきません。

 気持ちは常に揺れ動いているのが普通で、「あれだけやる気になっていたのに」と言われるように、いつの間にかモチベーションが下がっていることがあります。

 いつの間にか、したいことがしなければならないことに変わっていないかに注意したいものです。

次の5つの設問をチェックしてみてください。
1 目標達成に向かうよりリラックスする必要を感じる YES,/NO
2 疲労やストレスでなにもしたくないと思うときがある YES,/NO
3 人にして欲しいことがある場合はすぐにして欲しい YES,/NO
4 緊張、疲労、不安を感じるとアルコールを飲んだり食べたくなる  YES/NO
5 イライラするとモノを乱暴に扱うことがある YES/NO

 可能性の否定、達成できそうにないという不安、満足感が得られない不安などネガティブな感情が、自分も知らない隠された動機にマイナスのストロークで働きかけても、感情として処理してしまえば、それまでのことです。
 それにしても処理を間違うと、寂しい、つらい、面白くない等、場違いな感情を呼び込びます。

 適切でない感情によって、感情的な行動を呼び込んでしまうと、心のコンディションはバランスを崩します。
 内なる不快感の連鎖が、意志を打ち砕き、なんでもないことさえ億劫になったりして、行動の邪魔をします。
 感情の邪魔によって、「したいこと」が「しなければならないこと」に変わってしまうのです。

 したいことと、しなければならないことの間には、随分距離があります。思いがけない距離のズレは感情によって始まり、感情的な行動によって固定してしまいます。

 感情的な行動は好ましくないけれど、感情は素晴らしいものです。
 昔から人々の心をとらえてきた歌、映画、小説などは、ほとんど感情に訴えるものです。
 人々を奮い立たせることもあれば、癒してくれることもあります。

 もし感情がなければ、喜びも悲しみもなく、殺伐としたものになります。
 それにしても感情には、好ましい感情もあれば、人を痛めつける感情もあります。
 人間を蝕み、目的の達成を阻むのも感情である場合が多いのです。
 緊張やストレスに耐える力は人によって違います。
 耐久力が弱い人ほどネガティブな発言、行動が多くなります。

 なぜ、こんな簡単なことができないのかと不思議に思うことも多いと思います。 感情が揺れ動いて、エネルギー不足を引き起こした結果、バランスをとっているからです。



■集中力の邪魔をするもの


 今日は”あること”に集中するぞ!と思っていても、急に予定を変更してしまうことはありませんか?

 自分のやりたいことがあっても、緊張やストレスがあるとネガティブな感情が働きだしやすくなります。
 エネルギーバランスが崩れると、無意識に緊張を和らげるようとします。
 意志とは関係なくストレス、緊張を和らげてエネルギー不足を調整します。
 関心が移ってやろうとしていたことが忘れられてしまいます。

 ですから、ストレスを感じるときには、周りの人からの依頼や誘いがあったりすると、取り掛かっていた作業を中断する口実が出来て、自分への言い訳ができて好都合なのです。

 それにしても、こういうことを繰り返していると、人と人の間にある<境界>がぼやけます。
その上、気分転換が多いと、集中力は分散しがちです。

 時間管理の本や手帳などがたくさん出版されているのは、時間管理が思うようにできない人が多いからです。
 時間管理術をいくら学んでも実行できないのは知識不足というより、感情のコントロールができないのが問題なのです。
 感情を「しなければならない」という理屈でコントロールしょうとすることに無理があるのです。

 感情には感情で対処するのが自然です。
 自分に好ましくない感情が起これば、好ましい感情で対処するのが効果的です。

 好ましい感情とは、楽しい、うれしい、おもしろいなどです。
 悲しいときに、怒っているときに、不安なときに、そんな感情を持たせるのは至難の技です。

 それでも、好ましくない感情が自分にどれほど悪影響を与えるのか知っていれば、行動をコントロールできます。
 たとえば、「したいこと」が「しなければいけないこと」に変わってしまう境界の乱れを自分が作っていることを知っていたら、感情の変化を防げなくても、感情の洪水は防げます。踏ん張りが利くようになるのです。


 プロセスにこそ喜びがある。

 さらに、夢、目的があれば、好ましくない感情はとるに足らないこととして、小さく出来ます。

 ・ ・・・「どうせ私なんかに」・・・自分の価値を引き下げ、夢を砕くのは自分。
 叶うか叶わないは別にして、夢を見たり、追うことはよくないことではない。
 夢の実現に重きをおくのではなく、夢を追うプロセスにこそ自分が存在すると考えるのは悪いことではありません。

 心のコンディションをどのように整えるか、人それぞれのやり方があるます。 自分のやり方を見つけておくと有効です。
 誰でも、その時々でコンディションが変化します。

 一流といわれる方も同じです。
 彼らが一流に昇りつめ、維持している裏には、常にベストコンディションを保つように工夫があるからです。

 たとえば高額の報酬を受け取るイチロー選手の昼ごはんは毎日カレーライス、遠征先では同じピザ。やりたいこと以外の余計なことに神経を使わないのは、心と身体のベスト・コンディションを保つための配慮です。

 求める結果を出すことを最優先にした暮らしの知恵は、自分を律することから始まっていることが発見できます。
 感情を感情で対処するレベルではなく、さらに踏み込んで知識を感情レベルに落とし込んでいます。
 自分の「やり遂げたい」気持ちが雑念とともに、どこかに行ってしまわないように、注意深く監視して過ごすから、やり遂げるよろこびをつかまえることができると言えます。

 目標を達成するにはプロセスに間違いがないが注意深い注目の維持が欠かせません。
 それを大変だと考えがちです。
 でも、目標達成のよろこびの正体を知っていたら、感じ方は変わるでしょう。
 達成そのものから得られる喜びより、プロセスを自分が自分を律し抜いたよろこび、そのものの方が大きいのです。

 達成そのものは一瞬の喜び。プロセスは永遠の喜び。

 その障害となる最大の壁が感情なのです。
 感情は人間をもっとも人間らしいものにするものであっても、もっとも人間を苦しめるものなのです。
 感情的な行動で「自分」を台無しにしないようにしたいものです。
 プロセスを永遠に楽しめるように、プロセスに注目できるスキルを高めましょう。

2010年6月1日火曜日

自分と周囲の人を尊重し励ます

このカップを洗っておいてください」
「はい、洗っておきます」

これはコミュニケーションでしょうか?

コミュニケーションとは価値観にぶつけあいです。
ぶつけあいというと戦闘的ですが、主体性が強いほど当たり方も強いのが普通です。

それを柔らかく相手が傷ついたりしないように、上手にぶつけあうのがコミュニケーションです。ですから「意見がくい違うから話できない」としたら、コミュニケーションの前提がなっていない。

 自分に主体性があるように、周囲の人にもそれぞれ主体性があります。意見のくい違いは、客観的にみれば意見の間違いの発見にもなりますが、客観的な立場に立てるのは、自己認識ができるからです。

 自己認識が出来るのは、数多くの他者の意見や考えをもとにして、ひととの違いを発見するからできるのです。

 周囲の人を尊重し励ます力は、自分を尊重し励ますことから可能になります。ホスピタリティの概念とつながっていて、ホスピタリティそのものと考えてさしつかえありません。それも自己認識によって他者との間に境界があるからできることです。

自分を大切に扱えない人が、周りのひとを大切にしたいと考えても、どうしていいか分からない、その大きな理由に境界があやふやな問題があります。

境界があやふやだと、他者の感情を自分のものとして受け入れてしまう危険があります。
依存と深く関係しているその問題はのちほど詳しく説明します。

 目は口ほどにというように態度、表情も含まれますが、コミュニケーションの基 本は話すことです。

 できるだけ相手に分かるようにコミュニケーションするために書く力も含めて「話す力」は重要です。但し、どんなに言葉にして話しても分からない、通じ合え ないのがひとのコミュニケーションです。

 それは言葉の解釈も違うし、イメージも違う、個々の体験とまつわる言葉のイメージも違うからです。自分と違うから、自分には分からないから、熱意をもってコミュケーションしょうとすることがコミュニケーションといえます。

 通じ合えないからこそ、自分もOK、他者もOKと互いに肯定することがとても 大切なことになります。

 どんなに言葉、態度、表情が通じなくて、あなたを大切なひとですと受容する心は、直感で通じるものです。自他肯定のポリシーによる「自分と周囲の人を尊重し励ます」働き方は、あらゆる土台になります。

どんなにお金持ちになっても、有名になっても、自他肯定の交流パターンを自然な状態で身につけない限り幸福にはなれません。

仮に他人はどうなってもいいと思って暮らしていても、無意識の内にストレスが自分を痛めます。その原因が分からないままに、ストレスの解消に、娯楽や消費 にエネルギーを使っても、終わりはなく安らぎはありません。

 さらに環境問題に対する基本になります。コミュニケーション能力の発達に、抵抗するエネルギーはこどもの頃の古い構え「自分にはできない」です。成人した、いまとなっては適切でないし、通用しま せん。

2010年5月30日日曜日

「嘘ではない嘘」に気をつけて必要だけを実行する

一日のあれこれを片づけた後に学習に向かう人を「出来る人は違う」と考えがちですが、そんなことはありません。そんなふうに考えるからモチベーションは下がります。

小学生の勉強と同じで出来る子は、家で予習しているからできるんです。
先に答えを知っているから先生の話が入ってくるのです。
しかも予習は自主的なものですから頭に入り やすいのです。
もっとも予習の習慣をつけるのも大変ですが、習慣をつける要領は同じです。

大人も同じで、することを決めている人は実行が早いし、無意識の内に予習もしています。
眠っていても考えていたりします。

人生は時間がすべてなのです。
ですから、目的、目標に必要なスキルを使うようにしたらいいのです。
その範囲では他者以上のスキルを持つようにする。

目的、目標に必要なスキルもあるし、そうでないスキルもあります。
目的、目標を達成するには、それ以外の専門スキルを捨てる気迫が必要です。

主体的に暮らすとは問題を乗り越 えていくことです。
自分の人生を自分の手にすること。
それには自分の内側で、必要なことしかしないように自然に淘汰することです。

よく 時間管理の本では、細切れ時間の使い方の話が出てきます。
手帳の使い方も同じですが、他者の成功事例には受けとめかたの注意が必要です。
私なんかもさんざん振り回されました。会社単位で振り回されていることも少なくありません。この世には「嘘ではない嘘」があります。

「嘘ではない嘘」とは、言葉通りです。
人に伝えるときにそういう表現、つまり「嘘ではない嘘」になるだけで、実は無意識にできていることがあります。

自分がしていること、見たことを伝えるには、論理的に置き換えないと相手は理解できません。そのときに「嘘ではない嘘」が出来てしまいます。ですから、聞く側は自分には真似ができないような高いところに相手がいるように感じます。人間は何でも論理的に行動しているわけではないので、できない 自分に自信を失っていく。

「嘘ではない嘘」は必要でないことまで要求してしまうことがあります。
「嘘ではない嘘」を見分ける方法は難しいです。

コツは予習です。
トライ&エラーを繰り返しておくと、自分が求めていることが無意識にも受け皿ができているので、理屈じゃなく腑に落ちる。


ですから、まずは、なにが必要で、なにが不要なのか。じぶん力を見える化しましょう。
じぶん力を「見える化」するとは、自分のスキルを棚卸しして、目的・目標達成に必要なスキルをはっきりしておく。
その次に「嘘ではない嘘」に気をつけて必要なスキルだけは身につける。

最小限の必要なスキルはどうしても必要です。これだけはナニがなんでも無我夢中で身につける。ものすごく難しいと思うかも知れませんが、そういう実はスキルは簡単なのです。

2010年5月24日月曜日

仕事はコミュニケーション力

仕事は費やす時間から分かるように人生の中心にあります。そのために、人を理解するには、その人が何をして、なにが好きで、どうお金を使うのか、社会的な立場はどうかといったことよりも、何をしているかの方がずっと重要になります。

 さらに言えば、仕事をどんなふうにやっているのか、その行動に外見では判断できない実像と人生の挑戦への姿勢を見ることができます。

 ですから仕事への姿勢は、生活全般を串刺しのように貫くことになります。自己効力感の低い人は積極的に仕事することを避けようとします。確かに「何も問題なく人生を過ごせたら……」という願望を理解することはできます。誰だってそう考えたいときがあるからです。でも、それは生活全般を無為に過ごすことにつながっていて、残念であるとしか言いようがないのです。

それは恐怖心のために、せっかく”オギャー”と生まれ出てきた子宮の羊水の中
に戻る退行のようなことだからです。生まれたことを後悔しているような行為だか
らです。

 このような場合には、安全を求めて世話をされることを求めて、守ってもらえる依存できる相手を見つけようとします。困難な仕事に必要な能力を持っていても、挑戦しようとはせず、自分にはできないと都合のいい合理的と思われる理由を見つけます。

また、昇進を言い渡されると、不安と恐れでヒステリックな混乱を起こし、同僚や上司に助けを求めて依存してしまうこともあります。洞察力があり忍耐強い上司や同僚たちも、一つ一つ噛んで含めるように教えても効果がないことに挫折感を覚えるようになります。実はこの挫折感こそが、本人の挫折感そのものなのです。やがて求める助けがエンドレスであることが、責任逃れであることに気がつきます。

 でも本当のところ、恐怖心と実際の能力は比例しているわけではありません。それなのに、やってはみるものの、うまくできないと自ら失敗に向かいます。そして自分には能力がないことを繰り返し証明してみせます。まるで自分で自分の価値を引き下げることに躍起になっているようです。

 不安が実力以下の能力へと押さえつけるのです。不安とは、新しいことにチャレンジする際に生まれる、自然な反応です。決して悪いものではありません。しかしこの反応に身をまかせてしまうだけなら進化はなく、家庭人としてもいい影響がありません。自己イメージに「有能な私」の姿が似合わないと感じるのはいいことではありません。求めるイメージが高すぎるのです。否定的な自己イメージを持っている人は、自分の能力を高めるチャンスが来ても、問題を解決する場面でも、背を向けてしまうのです。

 人は自分の才能を認めることよりも、力がないと思っていたほうがずっと楽なのです。そうすれば、他人から信頼されることも、嫉妬されることもないし、重い責任を負わずにすみます。それをよしとする理由は人それぞれですが、間違いなく言えることは、この世界を逃げるようなスタンスで生きることはかえって危険だということです。

 働くことに最初から意味があるわけではありません。それぞれ個人が意味を発見します。その点、仕事は使い方で生き生きした自分を取り戻す場所になります。あるいはより自主的になる、つまりなれる最高の自分になる場所にできるのです。最高の自分は最高の家族に通じています。

「家族」「家庭」は職場と同じような構造をしています。職場で身に付ける問題
を乗り越える力は、そのまま応用できるのです。「何も問題なく人生を過ごせれば
……」という態度で家族が機能することはありません。機能する家族とは、問題が
ない家族ではなく、問題を乗り越えることができる家族なのです。問題を乗り越え
る力を育む場としてこれ以上の場所はないでしょう。

 仕事をするとき、もっとも注意深さが要求されるといって言いすぎではないでしょう。それをストレスと切り捨てることは簡単ですが。実はこの注意深さを通して、自分自身に気がつき、より良くしていくために、自分がとるべき方向と方法を発見できるようになるのです。

 それは自分と家族を守る注意深さに通じています。仕事は、本来の自分を取り戻す場として、最も有効な場所です。学校も挑戦することを求められますが、職場では責任がついてきます。人によって責任は重く感じるものですが、それがあるから逃げずに向かうことができる勇気を育むともいえます。

 勇気が乏しいからといって、自分を責めてはいけません。仕事は毎日それを問いかています。だから仕事は人生の中心になるのです。仕事は教師の役割を果たしてくれるのです。

 さて、今日ここでもっとも言いたいことは、安全を求めて世話をされることを求めて、守ってもらえる、依存できる相手を見つけようとすることの危険です。それは必ずしも人だけではありません。「○○○○○依存症」と言われるように依存の対象は様々です。時に「失敗する自分依存症」もあります。

 失敗する自分依存症とは、自分にはできないと都合のいい合理的と思われる理由を見つけます。あるいはやってはみるものの、うまくできないと自ら失敗に向かいます。そして自分には能力がないことを繰り返し証明してみせるやり方が常習化したものです。そして自分を責める・・・私たちが気をつけるべきは、「そこにある人生脚本」です。

 失敗を恥じることも悔いる必要もありません。イチローが最高レベルのバッターであっても70%近い失敗をしているのです。問題は「繰り返し証明してみせる態度」です。冒頭にあげたように、仕事をどんなふうにやっているのか、その行動に外見では判断できない実像と人生の挑戦への姿勢を見ることができるように、どんなふうにして失敗したのかです。プロセスに人生脚本を抱きしめたいまのあなたがいます。

 その人生脚本になにが書いてあるのか、それを読むのが難しい時には「繰り返し証明してきたこと」で翻訳してみてください。つまり同じような繰り返しをしていることはないか?どんなささいなことでもいいのです。発見してみてください。


繰り返す恋愛のすべてが相手の女性の涙と家庭環境で始まった男性がいました。その男性は、ある日、食事をしていた隣で、同じようなことを語っていた男性に出会いました。彼らは本当にその女性を愛したわけではなく、解決できていない自身の問題に振り回されていたのです。

ある女性たちは、好きな人と交際が始まると、終止符を打ちにかかることを繰り返していました。彼女たちも解決できていない自身の問題に振り回されていたのです。

またある女性は、こども時代の父親と母親と自分の関係を、成人したときに、自分を母親そっくりの状況に置いて、母親と同じ状況にご主人を置き、父親と同じ状況に結婚前に交際していた状況に置きました。つまり彼女はずっとこども時代の感情のまま暮らしているのです。こども時代に封じ込められた父親への感情を持ち続けることに成功しているのです。

 これらはコミュニケーションの問題に発展します。人間力とはコミュニケーション力なのです。いま苦しいことがあるのは、偶然ではなく解決すべき課題があるサインなのです。もっと幸福になれるサインなのです。楽に暮らせるように、課題はやっつけましょう!過去をほり返すより、どうすれば、問題を乗り越える力を発揮できるかを考えたほうが自分の人生にプラスになります。

2010年3月27日土曜日

素直力



 いい大人を相手に素直が大切です。なんて言うとバカにしているのか、軽く観ているのかと思う方がいるかも知れません。しかし、そんなことはありません。素直であるとは、アサーティブ、つまり自分も、相手も大切にして、自分の意見を主張する上で欠かせないことなのです。

素直であるためには、率直、誠実、対等、自己責任というアサーティブの4本柱を集約した態度なのです。多くの人が優れた能力を持ちながらも、素直でないために損をしているケースは少なくありません。

素直でない場面とは、そのほとんどは自分の意見が通らず、思うようにならない場合です。つまり自分の苛立ちを他者のせいにしてや不平不満をぶつける。この態度が自分の能力から差し引きしてしまうのです。率直、誠実、対等、自己責任を基本に出発点にして、気がつかない自分の非を探しながら、相手の利点に注目するように心を配る。

素直であるとは、自他肯定の精神に支えられた素晴らしい能力なのです。素直さに裏付けされた礼儀正しさには、人間関係を広げる働きがあります。好感を持って受け入れられるのは、他者とのコミュニケーションの基本は「安心を大切にする」点にあるからです。


 人間は成長に伴い人間関係も増え、複雑になってきます。複雑になるほど因果関係を理解して、なにをどうすればいいのかを短時間、瞬時に判断することも増えます。

素直でないと、心とは別の行動をとるという無用なリスクが増えます。


素直であるためには、自己認識がきちんとできている必要があります。自分がナニを考え、どんな感情を持っているのか、自分はどうしたいのか。自分を尊重するために欠かせない要素です。自分を大事にすることに他なりません。

素直であることは出発点であると同時にゴールでもあるのです。

 「自分の意見を通すには、自分に欠けているスキルがあるのかも知れない。同じ仕事や役割をしてきた人の意見を聞いてみよう。」「相性が悪いと決めつけず、思い込まず、もっと自由に懐に飛び込んでみよう」「もっと肯定的にとらえて、自由に意見を交換してみよう」これらは素直な態度です。


素直さには、状況が悪くても好転する力があります。反して不平不満が好ましい結果を出す事はなく、悪い方向にしか進みません、

ライフスキルを高めていくために、次のようなトレーニングを設定することがあります。

・理想と現実の差をうめる目標を選ぶ

・感情的な行動をしない

・プロセスに注目する

・決めたことは責任をとる

・できるまでやる

・自分と周囲の人を尊重し励ます

・いまこの瞬間に集中する

これらのテーマでは、どれも素直さが力を発揮します。


マートワン
【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために
【アサーティブを学ぶ】ライフスキルで自分を動かす
日本全国男前プロジェクト
ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

継続力 あきらめない力



あきらめない力

 「継続は力なり」と言いますが。成功者は、あきらめなかったことを成功の条件にあげます。特別な才能があるというより、あきらめなかったことが才能だと言わんばかりです。

 ところがあきらめる人にしてみれば、自分にはない特別な才能があるのだろうと思いがちです。しかし、そうでないことをあきらめなかった人たちは自分の脳と心と身体で知っています。たいてい全部使っています。あきらめる人は全部使っていない。つまりじぶん力を持て余した状態であきらめている。あきらめてしまうのは、ないものがあると思うからです。ないものとは特別な才能のことです。

「継続は力なり」と言いますが、実は少し複雑な因果関係があります。

【第一の問題】

 まず目標に向かって努力します。その目標が妥当かというのが第一の問題。挑戦目標は簡単でも困難すぎても意欲が起こりません。それだけでなく、難易度と達成感のバランスが最適でないといけません。

ゴルフをしたことのない人が、プロ並みの挑戦目標を設定しても、やる前にあきらめてしまいます。初心者にふさわしい難易度と達成感が必要です。まずそれを整えます。それを表しているのが、次の図です。


難易度と達成感


図1



 難易度と達成感が適正で、うまくいきそうだと感じると熱中します。その段階では、難易度と達成感も考えずに打ち込みます。余計なことを考えないこの状態のみが達成に到達する状態といえます。自然に次のステップに行きたくなります。

【第二の問題】

 第一の問題がクリアされることは、第二の問題が生じたことを意味します。ここで能力が高まっているので、挑戦(目標設定)が低いとやる気が失せます。逆に能力が高まっていないのに、挑戦目標だけが高くなってもついていけず、やはりやる気が失せます。つまり、どちらの場合も継続できないのです。

継続するには、能力に応じた挑戦(目標設定)が必要なのです。ここで大切なのが、能力と挑戦目標のフィードバックがきちんとされていることです。

この仕組みを自分がするか、他者にしてもらうか、その内容と環境で決めます。そして、能力に応じた挑戦(目標設定)があれば選択肢は、挑戦するか、やめるかのふたつしかありません。ほとんどこの段階ではやめることはありません。

 これ以上充実しているので、楽しいからです。挑戦を選択します。そして挑戦によって自分の能力を楽しみ、さらに大きな挑戦と能力を求めるようになり、自分でも成長を実感します。これが継続する道です。図をご覧ください。


挑戦と能力の関係

図2



 1は最初の挑戦結果です。2は能力はアップしたのに挑戦はそのままの場合。3は能力はそのままに挑戦だけが高くなった場合、どちらも1の状態から進みません。唯一進むのは、能力に合わせて挑戦した場合だけです。3を繰り返すことで5のように進化します。この図で示していることは変えようのない事実です。

 「継続は力なり」と言いますが、ただいたずらに継続を促し、自分で自分にムチ打ってもつらいだけです。継続は楽しいからするのです。その楽しさは外側から与えられるものではなく、自分の内側から起こることです。なぜ楽しいのかと言うと、「能力×挑戦=無我夢中」の構図で楽しくなるようにしているからです、

 人は年齢と共に、挑戦する意欲も失いがちですが、それは挑戦しないことに慣れてしまって能力を磨いていないからです。能力を磨いていないと挑戦できなくなります。この点からも、継続をやめてはいけないことが明らかです。

 「継続は力なり」・・・・それ以上に「継続しないと力を失う」と言えます。あきらめないは意志だけの問題ではありません。あきらめない方法、あきらめたくない方法があるのです。あきらめない方法をとらずにあきらめるなというのが酷なのです。

マートワン
【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために
【アサーティブを学ぶ】ライフスキルで自分を動かす
日本全国男前プロジェクト
ゲンキポリタンのじぶんぢから再生プロジェクト

「仕事に変化がない、おもしろくない」理由



ホンネの離職理由、第三位「仕事に変化がない、おもしろくない」は、第2位の「給料が不満」と同じくらいに不満な理由です。

この問題の本質は、やはり「主体性」と関係していて、あらゆる課題に通じている特徴が絡んでいます。


その特徴とは、次のようなものです。


・目的・目標が曖昧

・計画性が乏しい、計画が立てられない

・感情的にがんばっている真面目な人

・気持ちに余裕のない人、

・情報に惑わされやすい

・無理と散漫が多い人

・完璧主義

・自己否定感が強く、その裏返しで結果を急いでいる


以上の特徴は、「お金を貯めることができない人」の特徴ですが、「仕事に変化がない、おもしろくない」人にもあてはまる要素です。

しかも、これらの特徴は、どれかひとついうより、「お金を貯めることができない人」がほぼ全部持っているものです。やはり、お金の問題に留まらず、課題がなんであれ「思ったことができない人」に共通している弱点です。

「仕事に変化がない、おもしろくない」という気持ちは理解できますが、では具体的にどんな変化を求めていて、どうなればおもしろいのか質問したときに、具体的に回答できる人はどのくらいいるのでしょうか?


仕事を楽しめる人も、その他の課題をクリアする人にも共通した特徴があります。


・目的が明確

・目標がある

・計画的で実行力がある

・仕組み化するのがうまい

・コミュニケーション能力が高い、

・情報の取捨選択能力が高い

・忍耐力がある(我慢をポジティブな行為を考えている)

・準備をするので楽観的


成功する人は、じっくり進めます。なにごとも簡単ではないことを知っています。簡単でないから時間を惜しみ必要なことを手間を惜しまず取り組みます。楽観的という気性はただ意味なく楽観ということではなく、怠りなく準備をするからです。

一方、課題をクリアできない人は悲観的です。感情的で必要な準備をしません。不満の動機が「不安」が発端になっていることの方が問題なのです。普通に考えると不安が発端であることはいいことです。よりよい状態を作るエネルギーになるからです。にもかかわらず「不安が動機」を問題にするのは、不安が動機で感情的に判断して感情的行動するからです。感情的な行動が自分にとっていいはずがありません。


目的、目標、計画があって不満があるわけではなく、目的、目標、計画がないから不満がある。つまり「もっと愉しい仕事生活を提供してくれよ」という不満なのです。主体性を持たずに受け身のまま、主体的な生活をしたいというあり得ない願望なのです。


自分への不満を他者にすり替えているのです。そうすることで自分の問題として向き合うことはありません。しかし、その代償は余りにも大きく自己否定感を強めてしまいます。結局、将来退職したことを後悔することになります。


主体性を発揮するには目的と目標を持つことです。そうは言っても目的と目標を持つことは簡単そうで難しいものです。目的と目標を持つ邪魔をしているのは自信のなさと、その裏返しにある完璧主義です。


失敗は反省することでじぶん力になります。反省とは自分を責めることではなく、自分の行動のどこに間違いがあったのかを分析して、次に役立てることです。仕事ではPDCAが基本ですPとはPLAN、DはDO、実行です。CはCHECK、確認です。AはACTION、行動ですが反省を意味します。

確認と反省の間には、「観る(観察)、なぜ(分析)、どうする(判断)」の作業があります。これなしに進歩することはできず、この一連をサイクル化します。


要するに、「仕事に変化がない、おもしろくない」なんてことはあり得ないのです。

仕事とは、刻一刻、変化し続けているのです。しかもどんな仕事でも因果関係があります。ですから常に「なぜ」と「どうしたら」の追求が繰りかえし必要です。それなのに「仕事に変化がない」なんでありえないのです。


仕事は何のためにするのでしょうか?働く側の考えと雇用する側の考えがあります。優先するのは雇用側の考えです。してほしことがあるから雇用しているからです。してほしいことは簡単そうに見えても、因果関係があるので、してほしいことを実現するには、因果関係を全部つぶしていかなければ解決しないものです。


チームワークで仕事を進めているので、責任者でない場合にはすべての因果関係を自分が計算して解決していくことは求められないでしょう。しかしある役割を限定的にこなす立場にあったとしても、常に因果関係を考えて、他の誰かに迷惑をかけないようにしないといけません。さらにどんな関係があるのか、充分認識していく必要があります。そんなことをしていたら、仕事とは万華鏡を覗いたようなもので「仕事に変化がない、おもしろくない」なんてことはないはずです。


大事なことは「主体性」を持つことです。言われたことだけをしていたらいいのではなく、いましている仕事を通して全体像を知り、因果関係を知り、いまの仕事の改善を提案する力を身につけていくことです。その積み重ねが全体をより発展させる力になっていきます。つまり毎日が変化している大海を泳いでいるようなものなのです。

マートワン
【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために
【アサーティブを学ぶ】ライフスキルで自分を動かす
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2010年3月25日木曜日

お金と仕事



 ホンネの離職理由の第2位が「給料が不満」です。給料をどう考えるか、簡単なようで難しい問題。仕事、人生、幸福を本質で解いて行かないと見えてこないテーマです。

 お金は大切です。お金がないと生活できません。生活できるだけでは満足できない人もいるでしょう。それにしても報酬だけで満足できることはまずないでしょう。贅沢が楽しくても、それに見合う努力の実感がないと耐えられなくなるのです。努力に見合う報酬があったときに報酬はやる気につながるのです。報酬がやる気になるのではなく、行為に見合う報酬があったときにやる気になるだけのことなのです。自分の努力よりも低い報酬であったときに報酬が低いと感じるのです。

報酬には2つの側面があります。ひとつは、行動の評価としての報酬です。もうひとつは報酬が行動をコントロールするものです。働いた分だけ報酬で評価されることで、意欲的になりました。


報酬が行動をコントロールすると、仕事は報酬を得るためにものになります。お金を得るために働いていると思っている人は、仕事はそんなものだと思うでしょうが、それが危険なのです。仕事が報酬を得るためのものであったら、報酬が下がるとやりがいは低下し、意欲はなくなります。さらに報酬がない状態になると、働く目的もなく生きる意欲さえ失う可能性が高くなります。報酬が行動をコントロールするようになるとお金がすべてになります。

お金がすべてになると、倫理感が乏しくなり、どんな方法でもお金をもうければいいと考えるようになります。恊働の思想がなくなり自分の役割へのこだわりがなくなり本当のチームワークは機能しなくなります。チームワークは「分け前」を得るだけのものになります。


報酬が個人の幸福に対して好ましい影響を持つのは、努力へのふさわしい評価になった場合だけなのです。つまり努力の結果としてついてくるときだけです。

それを否定して報酬こそが働く理由だとしたなら、長期間、成果をあげることも、その努力も失われます。なぜなら先に述べたように人間の幸福はお金ではないからです。人間の幸福とはなにか、ひとことで言うなら「なれる最高の自分になること」であり、そのプロセスこそが幸福なのです。つまり「なれる最高の自分」に終わりはなく、人は生涯プロセスにあるからです。それは司馬遼太郎がその作品の中で坂本龍馬に言わせた「倒れる時は前のめりで倒れていたい」と同じです。


どのように説明しても価値観の違いと一蹴する人もいるでしょう。しかし悩みを抱えて心が晴れない状態でうさをはらすように散財をして楽しいでしょうか?いまこの瞬間に集中できない自分が楽しいでしょうか。「なれる最高の自分になるために、そのプロセスに没頭していたら悩みもなく、必要以上にお金を欲しいとも思いません。お金のあることは安心なのでいいことです。

安心を越えて贅沢したいと追究しだすと自分は失われ、なれる最高の自分から遠のき始めます。お金が悪いのではなく、なれる最高の自分から離れて行くことが問題なのです。

給料に対する不満が、評価の低さなら、何が原因なのかを訊くべきです。価値観の違いのなかから「理由」を知ることはエネルギーになります。しかし、誰と比べて給料が低い。賞与が去年と比べて低い。そういった比較で給与に不満を持つことが自分のためになることはありません。とるべき態度はネガティブな不満ではなく、問題を解決するポジティブな姿勢でなければ自分のためになりません。常に会社とその周囲の人のためになるように行動するのです。そういう人を周囲は放っておきません。必ず誰かが見ているものです。なぜなら世の中の人は、そういう人を探しているからです。

いま、もし働く意味も理由も発見できないとしても、考えて働いていることが、評価され、成果をあげることにつながります。生涯につながる大事なことを、思い違いによる目先の不満に惑わされた失いことのないようにしたいものです。

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2010年3月24日水曜日

2種類の学び方




上司と部下の人間関係も様々ですから、主義や価値観の違いがあるので、好き嫌いもでてきます、
しかし人生はコミュニケーションです。主義や価値観の違いがあって断絶していたら、コミュニケーションスキルは限定したものにしかなりません。

主義や価値観は経験で変わってきます。若いとき視野が狭く大局的に物事を見ることができずにウマが合わなかった人も、経験を経ると学ぶことがいっぱいあって、生涯の師になることもあります。

人それぞれに長所・短所がありますが、取捨選択は自分でできることです。どんどん長所から学んでいけば自分の幅がそれだけ広がっていきます。

上司にも、よく教えてくれる人と、そうでないタイプがいます。あまり教えてくれない人だと決め込むのは早合点である場合が少なくありません。どちらであっても主体的は自分にあります。

 知らないことと主体性は関係ありません。新しい環境と人たちに囲まれているからといって、従属的になる理由はありません主体性のある人には、上司は一生懸命に教えようとするものです。

 教えることが好きな上司からは、いろんなことをどんどん教えてもらうようにするとしいでしょう。時には仕事の邪魔になると思う場合もあるかもしれません。やりかけの仕事があっても、中断してきたことは上司にもわかるので、後でなんとでもなります。どんどん教えてもらうようにします。(お客さまに頼まれたことをしている場合は別です)教えるのが好きな上司はさらに熱く関わってきてくれます。主体性が他者を動かすのです。

 主体性は、あまり教えてくれない上司も同じように熱くします。あまり教えてくれない上司には、教えたくないのではなく、教えるということにポリシーを持っていることが多いものです。「教える~学ぶ」の関係の主体性は学ぶ側にあると考えている場合が多いのです。

学校教育の本来も同じです。教育とか指導とかいうものは、教える側の一方的な思い入れだけで成立するものではないからです。こういうタイプの上司は、最初に一度だけ教えたら、そのあとは放ったらかしにする傾向があります。しかし教わる側が主体的に関わっていくと教え好きの上司以上に熱意を持って、教え上手な上司以上に深いところまで教えてくれるものです。

 どちらにしても自分次第なのです。つまり教え方に2種類あるのではなく、教わり方に2種類あるのです。
退職する理由のトップに「上司との人間関係 」を挙げる人が後を絶ちません。相性というものはありますが、相性が問題になるまでコミュニケーションしたかどうか疑問です。上司は仲良くつきうことが本文の相手ではありません。上司は目的を担う責任があります。チームワークでやり遂げる責任があります。チームワークの世界では、なにはなくとも、それぞれが主体性を持っていることが最初の条件です。

主体的に教わっているのですから、感謝の気持ちが生まれるのは自然です。愉しいコミュニケーションが繰り返されるようになります。

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ビジネス感覚は行動で作る



よく意識改革と言います。意識が変われば行動が変わると期待をこめての運動です。でも、本当は行動が意識に表れます。

行動しないことは経験にならないので、意識にならないのです。行動が意識を作っています。

気持ち、意識の持ち方で、がんばることができるといいますが、がんばるから意識が集中できます。がんばることが出来るのは経験しているからです。経験によって、がんばったときのことを記憶しているので、がんばることが出来るのです。

粘ったことのない人は粘れません。つまり誰かが粘る機会を作ってくれたから、粘ることができたのです。粘ることができた経験が粘ることを思い出させて、粘ることができるのです。

反対にあきらめが早い、すぐに妥協してしまう人は、 あきらめることができたので、あきらめる経験を繰り返すのです。

ものすごく重要なことを書いていますので、しっかり心に留めておいてください。
ビジネスは自分を育ててくれるチャンスがいっぱいの場です。同時に人とのつながりを感じさせてくれるチャンスがいっぱいの場です。

ビジネスは必ずどこかで誰かのビジネスとつながっています。自分のする作業は必ず誰かの作業とつながっています。

一本の電話による営業時間の問い合わせが、つまらない電話と考えたらどうなると思いますか?わざわざ電話をしてくれるほど、自分たちの店を必要としてくれているのに、それをつまらないことと考えたとしたら、日頃どんなに「お客さまを大切に」と言っていても、全部嘘になります。

苦情を言うお客さんは、ものすごく少ないです。言いたくてもガマンしている人がほとんどです。最近「クレイマー」といって、表面的には対処しても、心の内では相手にしない人が増えています。仮にあら捜しばかりして、苦情ばかり言ってる人だとしても、学ぶことは多いはずです。それを笑って「クレーマーですよ。」で完結するのは、おそろしく冷たい会社だと思いませんか?

10 人が働いていて、ひとりでもそういう人がいたら、9 人の感謝は嘘になります。10人いれば100のコミュニケーションがあります。社長の感謝はウソになります。
マネジャーは日々、毎日の目標を達成しようとしています。やり遂げる責任があるからです。やり遂げる邪魔をするようなものです。

つまらないと思う小さなことが、とても大事な仕事とつながっています。好き嫌いで判断するのではなく、好き嫌いを超えて、自分の役割を確実に達成することがチームワークです それがビシネス感覚、ビジネス意識なのです。

小さなことを積み重ねて大きなビジネスにつながっていくのです。たったひとりの「このくらい、どうってことない」の行動が会社を狂わせます。行動が意識を作り、意識が次の行動へつながり次の意識を作ります。その繰り返しが自分をどんどん成長させていきます。

自分の行動が他者の行動を作り、他者の意識を作り、他者の意識が他者の次の行動へつながり、やがて自分の意識を作ります。その繰り返しが自分をどんどん成長させていきます。

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習慣化力



 悪い習慣をなくして、いい習慣を身につけたい。みんな知っていて、そうありたいと思うものです、それができずに自分に自信が持てない人もたくさんいます。

では、どうすれば悪い習慣を改めることができるでしょうか。その解決の糸口になる、いい言葉があります。

「意識が変われば 行動が変わる
行動が変われば 習慣が変わる
習慣が変われば 人格が 変わる
人格が変われば 運命が変わる」

アメリカの心理学者 ウイリアム・ジェームスの言葉です。

 意識が先か、行動が先か、疑問の残る言葉ですが、この言葉のポイントは習慣が変われば人格が変わる点にあります。構想を変えたい、習慣を変えたい、と思う方は多いのですが、なかなか変わりません。変わらない事で自分に苛立ち、否定感を強めてしまいます。だから、おすすめは「何も考えずに行動を変える事」と言いたいのですが、これでは同語反復、「犯罪をなくのは犯罪者をいなくすればいいのだ」みたいな話になってしまいます。

そこでまず目的、目標を設定します。物ではなく挑戦的な、つまり自分の可能性を開く自分になるを目的にして、その実現のためになにをするかを目標にしてもらうのが一番いいです。

目標を達成するために優先順位を整理します。次に重要な事を数多く反復するようにルーティンワーク化します。

一般に目標が達成できない最大の原因が、目標達成するための行動が少なすぎることです。しっかり時間をとるようにして実行することが肝心です。予め時間を抑えておくと、その都度選択する必要がありませんので、忘れることも、後回しにすることも、いまからなにをしたらいいか、考える必要もないのでストレスが大幅に減らすことができます。毎回選択する時間がムダなのです。

これを、就寝前のこどもの歯磨きで考えてみましょう。優先順位の下の方にあるはずです。だから他のことに集中しているので、時間が来ても面倒くさくなります。しかも意識にないですから、毎回面倒だな、どうしょうかなと考えなければなりません。ますます集中から離れる事になるので、先送りします.毎日していることでもルーティンワーク化していないとストレスが生じます。

それでも、過去の慣れ親しんだ習慣が呼び起こされて、決めたことが守れないことが多いのも一般的なことです。浮かぶのが普通です。だからいい習慣を身につけているとどんどん進化するけれど、悪い習慣を身につけていると進化しないが長々と続く、あるいは進化がすごく遅い。もったいない。

それを 意識することが、とても重要です。過去の習慣に流されそうになったときに、新しい習慣にしたいことを思い出すようにします。自分が本当に欲している習慣はどちらなのか。その答えを針路にします。自分が悪い習慣をなくしたいと思っていることに、その都度気がつけば解決します。ポイントは、その都度です。一日の終わりに気がついても手遅れ。その都度を守るようにします。

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向上心



学ぶ力とは、向上心。
向上心は、ライフスキルと切っても切れない力です。 上を向いた心・・・・上にもいろいろありますが、どんな上なのでしょうか。

 いい上とは、自分の内側が成長することにこだわることです。いい暮らしとは自分が挑戦的に暮らせることです。いい社会とは必要な物や安全が得られる社会もそうですが、それ以上にいい社会とはライフスキルを身につけて挑戦的に暮らせる社会です。

なぜなら人間の最大の幸福とは、安心・安全の内に我を忘れて挑戦している時間を持つことだからです。挑戦とは可能性を開く事です。自分が見た事もないような自分を発見することです。

これが自分の限界だと言う人がいます。自分がイメージできる限界とは、実は限界ではありません。単なる欠点や不足する能力です。

上司や先輩から「君ならできる、やってみろ」と言われたときに、 「わたしには無理です」という人がいます。本人は謙遜しているつもりかも知れません。しかし、本当はおごりです。社会経験や実務経験が乏しい者が、どうして自分より体験している人の判断を否定できるのでしょうか。自分のことは自分がよく知っている。もしそれが本当なら可能性は開かれません。

自分のことはよく分からない。限界とは見えないものなのです。可能性とは、見えない限界に向かって少しずつ目の前を開いていくことです。この挑戦の基礎的な作業が、自己啓発なのです。自己啓発をしたいと引っ張る気持ちが向上心です。
だから、めざす上がなければ、向上心は生まれません、向上心があれば、めざす上を発見することができます。

繰り返しまずが、欠点、不足を補うのは当たり前のことであって、向上心ではありません。向上心は、自分が気づかなかったこと、知らなかった世界に向かう気持ちです。

自分を枠にはめる、同じく自分の周囲の人や会社を枠にはめて、「限界」だと言っている人には向上心は育ちません、

 よくメディアが、既存の秩序に影響を与えそうな外国企業や外国の商品の参入を「黒船来襲」という表現をしますが、たくさんの人がその事実に予備知識があり、学習しているので、そんなものは「黒船」でもなんでもありません。

1853年、江戸時代末期に黒船が日本(浦賀)に来航した衝撃は、全く知らない世界があることを日本中に知らせた動機になりました。日本人は遠い国のことを知りたいと思い、熱病のように学び、それが革命に発展しました。向上心、挑戦、自己啓発、学びの動機には、自分とかけ離れたなにかが必要なのです。

 全く知らない世界の存在に気がついて、知りたい、判りたいと注目するエネルギーが学ぶ力です。全く知らない世界は身近にどこにでもあります。自分とかけ離れたなにかは、どこにもありますが、自分を枠に閉じ込め、キャッチするセンスがないとどんどん見逃していきます。田畑からデパートやブランドショップまでどこにでも未知の世界はあり、なんらかのメッセージを発信しています。自分の黒船はどこにも停船しているのです。

 メッセージを受信するための作業が自己啓発です。その場所に行く、そこで買う、それだけでお金もかかります。だから無駄遣いはしないで、自己啓発に使いたい。
必要なものを買ってもメッセージを探さない買い方をしていたら無駄遣いとも言えます。ムダなものを買ってもきちんとメッセージを受け取っていたら、それはそれで無駄遣いも軽減できます。一番いいのは、必要なものを買いながらきちんとメッセージを受け取るようにすることです。

 「見る」「触れる」「知る」「想像する」ならお金がなくてもメッセージを受け取ることができます。メッセージをきちんと受け取る力を養うには、新聞、本を毎日読むことです。同じ事件でも、文字を読むのと、テレビでニュースを視聴するのでは、大きな違いがあります。文字を通して理解する作業は、想像力や考える力を養います。「見る」「触れる」「知る」「想像する」力になります。学ぶ力が飛躍的にアップします。

自分は何を学びたいのか、どんな人たちに会いたいのか、 目的を明確にして、業種や年齢を超えて広く学ぶようにするといいでしょう。いわゆるメンターの発見ですが、それができないままに暮らしていることが問題なのです。その解決のもっとも効率的な方法はいましている仕事に熱心に取り組む事です。

 「限界」と言わずに課題にはアクティブに、出来ない事や欠点は修復するように取り組みます。必ず疑問が出てきます。疑問はエネルギーです。メンターの発見につながり、自分の黒船を発見します。その衝撃に出会ったとき、向上心に火がつきます。その火の導くところに進めば、限界をどんどん広げて行くようになり、向上心という言葉を気にしないほど、自分自身が向上するようになります。

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笑顔力


 
 笑顔には不思議な力があります。笑顔を向ければ相手も笑顔で返してくれます。
相手の笑顔を見れば自分も自然に笑顔になってしまいます。笑顔は人の心に温もりを届けます。

どうしてそんな不思議が起こるのでしょうか。人は笑顔に安心するからです。人は誰しも受け入れることを望んでいます。自分を肯定してほしいと願っています。不安がつきまとっています。笑顔は不安を吹き飛ばします。笑顔を見ると「私は受け入れられている」と安心し、心を開きたくなります。

逆に、機嫌が悪そうな仏頂面、怒ったような顔、ソワソワした表情を見ると、拒絶されているようなとまどいが生じ不安になります。

「笑顔で自分を迎えてくれる人と親しくなりたい」そう思うのが、人の心です。
コミュニケーションを深めて、人づき合いを広げていくうえで、笑顔で人と接することが何よりも大事なのです。

ビジネスで、お客さまに満足していただこうとすればどんなことをすればいいのでしょうか?

・ほしいものがある
・売っている 商品が破損や不完全でなく完全な状態である
・買いやすい
・コストパフォーマンスが高い(つまり安い)
・気持ちがいい

サービスがいいとはこういう条件が揃った状態です。このうち、新入社員の人でもすぐに出来ることがあります。

・気持ちがいい

 経験のない人でも気持ちがいい応対なら出来そうです。それなら費用もかかりません。気持ちがいいと、お客さまは他のお店よりここがいいといって来てくれます。そんなお客さまが多くなると、たくさん売れるので、一個あたりの販売コストも下がるし、仕入れも下がるので、価格も安くできるようになります。

「会社は何もしてくれない」と愚痴る人に限って、自分一人でも出来る笑顔をどんどん出そうとしていません。ひとりでもできる顧客満足を、いますぐしましょう。

でも、自分より年配の地位も高い人には緊張するなと言っても無理かも知れません。
緊張も表現のひとつなのです。相手の方も分かっています。顔がひきつっていても、それはあなたにしかできない表現なのです。無理に隠す必要はありません。

 緊張していても、笑顔で接していく姿には、他の誰にもできない安心と一生懸命を届ける力があります。

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仕事は愉しくする



 「なれる最高の自分になる」秘訣は、何事にも目標を持つことです。

 提出物がある場合「今日の4時までに達成する」と目標を持って取り組むと、漫然と取り組むより、はるかにやる気が出てきます。自分でも力が内から湧いてくるのが分かります。良いリズムを習慣にすると、自分が変わります。

しかし「明日が締め切りだから、今日残業して仕上げればいいか」と考えるようでは、間に合わなくなります。目標がないと良いリズムは作れません。

 目標を設定すると、何事もゲーム感覚で楽しく取り組めます。人に言われてやったのではそうはなりません。目標がないといつまでもダラダラとやりながら、しかもやり遂げることもできず、会社に長くいたことが自慢にするようなことになります。

ある会社では、毎日毎日深夜近くまで働いているので、社長命令で8時以降は消灯としたところみんなの動きが変わった例もあります。目標をプレッシャーに感じる人もいますが、本当はエネルギーです。

 給料の本質は、仕事を達成することで得る対価です。通勤給でも滞在給でもありません。指示されたことを期限内に達成してこそ給料がもらえるのです。目標ができるのは自然なのです。それには達成する技術が不可欠です。自分に不足している能力を発見ができます。身につける機会が生まれます。問題の発見は愉しみの機会です。どんどん愉しみができるのは問題に直面して乗り越えるからです。

 同じことでも、どう受け止めてどう選択して判断するかで、プロセスも結果も変わります。仕事を愉しめる能力がある人には愉しい職場。そうでない人には愉しくない職場。どんな人が集まるかで職場は変わりますが、目標に向かうことで愉しい職場にするきっかけが生まれます。毎日目標のある職場が愉しい職場です。

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2010年3月23日火曜日

上司との関係




何度も失敗を繰り返し、あきらめそうになる気持ちを鼓舞して努力を続けます。ついにすばらしい結果の仕事をします。これは誰でも経験することです。世界的に名を残した人であっても、例外なくみんなそういった経験をしています。だから平凡に暮らす者であれば、なおさらそうです。

平凡に暮らせたらいいのだから、何度も失敗を繰り返し、あきらめそうになる気持ちをいじくらず、そのままできないことはできないでいいとしたら、人生の喜びはなくなってしまいます。

ですから、出せるはずの結果を出していないのに、安易に「それでいい」と簡単に認める上司では、技術も知識も能力も上がりません。

「これだけやっているのに、どうして認めてくれないのだろう」と思うかも知れません。小さなことにも、注文をつけてくるでしょう。余程あなたが人格的に成長していない限り「あの野郎」と思うこともあるでしょう。しかしそのくらいの上司がよいのです。

 小さなことに注文つけるのも、見逃して放置することの怖さを知っているからこそ、こだわります。良い仕事をするには、自分自身が努力をしますが、潜在能力を努力によって引き出してくれる人が必要です。「これではまだまだ」と強く要求する人がいてくれないと、自分ひとりではなかなかレベルアップができません。

 組織にいる最大の恩恵は、「これではまだまだだ」と言って、具体的に指導してくれる人が傍にいてくれることです。しかし中には、自分の尊厳を示すだけのために「これではまだまだだ」と言う上司もいるので気をつけましょう。

 単に人を蹴落としているだけの上司は、具体的に指導ができないので、すぐに分ります。そういう上司を見抜く目も厳しく「これではまだまだ」と要求する上司と仕事することで備わります。

遅刻しても叱られない、報告書の提出期限を守らなくても叱られない、決めたことを実行しなくても注意されない、ウソをついても気にとめられない、だらだらと私用電話をかけても叱られない。そんな会社は早々に見限ったほうがいいでしょう。
人を大事にしているのでなく、人に無関心なだけです。ですから見てみぬふりをする上司を厳重に処罰する会社はいい会社です。

甘い上司、甘い職場は、居心地よく感じられても、人生の危機です。甘い上司はあなたの前ではいい顔しても、あなたのいない場所では、あなたのことをよくいうことはないでしょう。あるいは自己弁護を目的にあなたをかばうかも知れません。しかし長い目で見ると、あなたから訓練の機会を奪い、あなたの人生を台無しにしかねないからです。あなたは未熟なまま年齢を重ねることでしょう。そうなったら人生の損失です。後のフォローを含めてダメを出されることで人は向上しますが、ダメを出さない上司はあなたをダメにします。

 上司が遠慮なく注意できる、叱られやすい人になってください。「これでいい」と言われればホッと一安心ですが、そこから先の進歩はありません。しかし、「こんな仕事ぶりではダメだ、やり直しだ」と言ってくれる上司に出会うのは幸運です。5 年後、10 年後、もっと先の「仕事のできる自分」をつくってくれます。

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外見力




■外見でなにがどう変わるのか

  ライフスキルが身についていると、偏った価値観に引きずられずに、適切は判断が行えるのが特長的です。そのひとつが、外見に対する価値観です。

相手に自分を信頼していただけるのと、信頼していただけないのでは、ビジネスをはじめ暮らしに大きな差が生じます。

 「人は外見ではない、中身だと言います」それは事実です。だからこそ、外見が重要になります。外見は何よりも真っ先に相手の目に入ります。とくに初対面の場合では、その人を知る情報は外見しかないので、外見は重要な分析の対象になります。

 まず外見から入ってきた印象が強いインパクトで目から脳に刷り込まれます。しかも初対面で受けた第一印象は、その後も容易に変えられません。最初に良い印象を持ってもらえなければ、その評価を変えるのは容易ではありません。この事実が外見を整える大前提です。

以後、相手の方は第一印象と一緒に話を聞くので、固定観念を持って聞くことになります。生理的なものなので、本人は固定観念を持っていないと言ってもそうはいきません。ですから話しをしたら、安心できる人だと分かったと言っても手遅れなのです。

身だしなみが悪いと人間の中身まで大したことがないと思われてしまいます。すると話の内容まで、大したことはないと思われます。言動をことごとく不愉快に感じる場合も少なくありません。

結局、時すでに遅しに状態になっては、安心できる人が信頼できる人という意味ではなくなります。仮に信頼されたとしても、信頼は当たり前のことであって、相手が求めていることが相手に届けられないようでは仕事になりません。外見に無頓着であるために、自分の評価を必要以上に下げてしまうことは想像以上に多いのです。


■外見は安心に通じる

 どうして外見がそれほど問題になるのでしょうか?身だしなみの大切さは、なにより相手に安心感を与えることにあります。相手に不安を与えない配慮です、

外見には、その人の性質、価値観が表れているのです。だからこそ中身を磨くことが外見力につながっています。中身と外見は表裏一体なのです。

「外見を整える」ために高級なものを身にまとって飾り立てる必要はありません。年齢を重ねていない、年端もいかない者が身なりだけを高級にしても、「背伸びしている」印象を与えるだけで逆効果になります。

 ファッションは新しさを追求しますがアイデアが底をつき、最近はくずれた不良性を表現をした着こなしをおしゃれとする面もあります。それがカッコいいという風潮は分かりますが、きちんとした身なりがあるから光るのです。つまり仕事の場ではバッドセンス、バッドティストでしかないのです。

バッドティストというのは、プラスチックに金の塗装したようなアクセサリーや雑貨です。しかるべき場所に置いたら他の本物全部が偽物に見えてしまうような雰囲気を持ったもののことです。

 先に説明したように、身だしなみがいいとは、安心感につきます。身だしなみからくる安心感 は信頼に直結していて、相手に不要な心配をさせまいとする思いやり、配慮が高く評価されるのです。外見は、外見の問題を越えてライフスキルが与える人間力を伝えます。

 その中心になっているのが清潔感です。清潔感は身だしなみの基本です。大切なのは 、頭髪、ひげ、鼻毛、フケ、爪、清潔で損傷のない服装、ネクタイ、靴、匂い。女性はさらに化粧の仕方、アクセサリー類、ヘアスタイルに気をつけます。外見力をつけるには飾りや顔の造作でなく、笑顔で人と接する力を身につけることの方が大切なのです。仏項面をしていたり、表情がないと容貌も色槌せます。

とりわけ重要なのが笑顔です。笑顔を「おべんちゃら」と解釈をする人がいますが、それは自己中心的なひねくれた発想です。表情のいい人は、精神状態もいい証拠です。精神状態がいいと相手は安心します。だからこそ人は、笑顔のあるいい表情に好感を持つのです。

また、ユニフォームを不潔に着ている人がいます。これも相手への配慮を欠いた態度です。本人の習慣として周囲も甘く受けとめてルーズにしている場合がありますが、チームワークで仕事をしていることを忘れないでください。悪気はないといっても、ひとりの習慣が、スタッフ全員の印象としてお客さまに映っているのです。
自分の役割をコツコツと果たしている人の脚を引っ張っていることを忘れないでください。一人一人のがんばりをチームワークで後押し、少しでも楽にしてあげられるようにしてあげたいものです。

 人と会うことが多い仕事の場合は、相手目線で考えるようにします。とりわけ身だしなみは、相手の方がよりよいコミュニケーションができるようにするために重要です。人は不安に弱い生き物です。だからこそ安心させてあげることはとっても大切なのです。

 「人は外見でなく中身だ」という意味が分かっていただけたでしょうか?身についているライフスキル、専門スキルを生かすも殺すも、外見の影響を忘れないようにしたいものです。

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挨拶力



■挨拶は人間の基本

 新入社員の方が、真っ先に身につけることは挨拶です。ですから社会経験が豊富な人は挨拶の達人になっているはずです。ところが新入社員に限らず挨拶ができない、しない人が多い傾向にあるのはどうしてでしょうか?挨拶をどうでもいいと思っていると幸福になる力であるライフスキルは育ちません。

 ある一部上場会社の社宅で、勤続20年以上の先輩に対して、朝の挨拶も夜の挨拶もない、会社のエレベータであってもないというのは、驚きとしか言いようがないでしょう。なぜ、そんなことになっているのでしょうか?挨拶の言葉はとっても素敵なのに、挨拶をしないのは、もったいないとしか言いようがありません。

 恥ずかしい、照れくさいかも知れません。ライフスキルを身につける場である学校では、先生が教室に入ってきて、場が落ち着いてから代表者が「礼」と号令をかけます。そこで一斉に立ち上がって挨拶をします。挨拶の気持ちを忘れて形骸化した挨拶を繰り返す内に、挨拶は儀式と記憶してしまった人が増えているのかも知れません。どうせ決まり文句、言っても言わなくても同じと思っているかも知れません。


■「挨拶」の気持ち

 挨拶は人間の基本です。なぜ挨拶が人間の基本なのでしょうか。挨拶とは、相手と自分に対する思いやりの気持ちそのものだからです。挨拶の言葉には、いくつもの思いがこめられています。

 「おはようございます」には、私は元気です。あなたも元気ですか?がんばっていますか。私もがんばります。「おはようございます」は、生への感謝、思いやり、励ましを凝縮した言葉です。「こんにちは」も同じです。「こんばんわ」には1日のねぎらいがこめられています。

 「いらっしやいませ」には。よくお越しいただきました。当店を選んでいただきありがとうございます。わざわざお時間をさいていただきありがとうございます。という意味があります。

 出かけるときの「行ってきます」には、留守中のサポートをお願いする意味があります。これから外で仕事をしてきます。がんばってきます。自分に用件が入ったら、代わって応対しておいてください。といった意味が込められています。

 「いってらっしゃい」には、気をつけて行ってきてください。あなたの留守中、頑張ります。あなたに用件が入ったら代わって応対しておきます。といった意味が込められています。ですから「行ってきます」に対して「はい」では不十分なのです。

 気をつけて、今日も元気で、皆さんによろしく、言葉にできないメッセージを挨拶のひとことに込めて、挨拶をしているとするほどに愛情が泉のようにたまっていきます。ライフスキルを育むながら、どんどん自分が自由になる感覚が強くなります。心をこめた挨拶をするたびに、自立が進むことなのです。

相手が先輩、上司、お客様、後輩にも自分からします。挨拶は誠実。率直、対等、自己責任を支えにした励ましでもあるからです。だから、自分から近づいて挨拶をする人は、美しく見えます。

 また挨拶は楽しいものです。自分の良心と良識、人として自由であることを表現しているのと同じです。良心とは誠実、率直、対等、自己責任です。良識は知識・技術を良心で使いこなすことです。挨拶を通じて 自分は自由だということを表現するわけですから、愉しくないわけがないのです。

愉しいことを陰気な感じでしていると、自分でも自分の感情がなんだか分からなくなってきます。挨拶が愉しいものと思えないという人は、すでに身についているライフスキルを自分から追い出しているようなものです。

■挨拶の態度

 挨拶は元気に明るく、笑顔で、相手の目を見て心で伝えるようにします。目を見ないで挨拶しても、心は届きません。目は心の窓、まなざしに思いやりをこめれば、自然に親しみとやさしさが伝わります。あたたかい気持ちを投げかけたら 、やっぱりお返しにあたたかい気持ちが返ってきます。

 歩いているときに、出会ったら、立ち止まって挨拶をします。「おはようございます」の最後の「す」を言い終わってから、お辞儀します。お辞儀は身体で表現する挨拶です。お辞儀には、腰を折る角度が15 度の「会釈」、30 度くらいの敬礼、45 度の最敬礼の3 種類があります。

 お客さまの出迎えやお見送り、訪問した場合は、最敬礼です。同僚には会釈、頻繁に接する上司には会釈、多少あらたまった場合には敬礼です。最敬礼でも悪くはありませんが、社内の場合は「身内」ですから深々としないのが普通です。 家族間で最敬礼は変なように、社内でも同じです。

 どうしても言葉が交わせない場合があります。言葉が交わさない場合にはアイコンタクトを使いましょう。言葉は相手の意識に届きますが、まなざしは相手の心に届きます。


■ 「ありがとう」は一番美しい言葉

世界には6100からの言語があります。言葉は違っても、 世界中で一番美しい言葉 「ありがとう」です。

言語が違っても美しいのは、感謝する心が美しいのは世界共通だからです。世界中の人々は美しくなるためにお金も時間も使っています。先進国であるほどそうです。
だから美しい言葉 「ありがとう」を使わないのは矛盾しています。どんどん気持ちを込めて使わないと、損をします。

 「ありがとう」を使う習慣を持った人は美しく見えます。使い方によって、さらに美しくも、カッコよくも見えます。

気持ちが伝わりやすい「ありがとうございます」は、気持ちが伝わりやすいだけに、繊細なので、取り扱いに注意が必要です。

 現在形の「ありがとうございます」と過去形の「ありがとうございました」は同じでしょうか?過去形で言ってしまうと、相手に「もう用件は終わった。後は勝手に。」と聞こえる場合があります。

せっかくの美しい心が歪んで聞こえてしまうことがあり、使い方で寂しい印象が残ります。英語のTHANK YOUに過去形はありません。使い方に気をつけて感謝の心はいつも「ありがとうございます」で伝えるのがいいのです。

 過去のことでも、いまの気持ちで感謝を伝える方が、うれしく響きます。「いま私は感謝しています」の意味で、先日はありがとうございました」ではなく「先日はありがとうございます」というように、現在形の「ありがとうございます」をどんどん使うと楽しくなります。

 心からの「ありがとうございます」は、使った人も、相手の方も美しく見えます。高価なファションに身を包まなくても、自分の気持ちを言葉にすれば、より美しく見えるのです。「ありがとうございます」に心をこめることができる人はすてきです。


マートワン
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報告力



 報告力は、コミュニケーションスキルとして重要な力を発揮します。報告・連絡・相談、つまりよくいう「ホウレンソウ」をこまめに行うことは、意思の疎通を図るうえで欠かせません。これがどれだけ大切かは、会社や家庭を観ても一目瞭然、あるいは、同じチーム内で複数の人間がどうしてこんなに同じ事をしているのかと疑問を持つことがあります。ほとんど問題の根本はコミュニケーションの悪さが原因です。

報告・連絡・相談をしていない場合は論外ですが、しているにもかかわらず思うように伝わっていない。言葉が曖昧だったり、出会い頭に話したり、自分では伝 えたつもりでも、雑談程度にしか認識していないことが少なくありません。
まず報告で大事なルールがあります。報告は命令.指示した人にすることです。つまり上司のはず。第三者に「伝えておいて」はルール違反です。指示した人が留守のために、先輩に報告する場合もあります。それはそれとして、それも含めたプロセスを報告するようにします、ただしダラダラと伝えるので はなく、結論から伝えて、簡潔にまとめたプロセスを報告します。

 なぜ上司に報告しなければならないのでしょうか?指示を受けた段階で、その件の「担当者」になっても、責任者は上司です。だからその仕事が終わったからと 言っても、責任の所在はまだ上司にあります。報告が完了することによって、上司も終了に向かう事ができます。報告を受けた上司はミスがなく問題もなく完了したか確認をして指示が完了したことを知ります。

 もし確認して手違いがあれば、上司はその解決に動かなければなりません。終わったからいいだろう、もし何かあったら上司から聞いてくるだろうという自分勝手な考え方では、大人の仕事とは言えません。チームワーク(役割分担)で動いている職場や部署の一員として、報告は仕事を終わったことを知らせるとても大切な手続きなのです。
報告の形式には次のようなものがあります。

1) 口頭での報告
2)電話での報告
3)Eメールでの報告
4)メモを使った報告
5)文書での報告
6)ファクス・
7)ミーティングでの報告
8)手紙での報告

それぞれ、適切な時と場所があります。

1)口頭での報告は、当然ながら、直接会って報告することです。どちらかというと簡単な仕事の報告の仕方です。
口頭であっても、数字や固有名詞は、メモにして渡したうえで説明します。目上の人や上司には自分がメモにして渡すのが原則。
口頭報告は、どうしても言い忘れたり抜けたりするものなので、まず自分のノートに報告事項を箇条書きでまとめておいて、それを見ながら報告するようにしま す。

2)電話報告は、急ぐとき、出先からのとき、上司に会えないときなどに使う方法です。いつでもどこでも迅速に報告できる点が電話の強みです。

3)Eメールは、相手が離れている場合に便利です。内容的には文書報告と同じですが、慣習的に節度のあるラフな形式でOKです。

4)メモはなかなか会えない相手、上司などに報告するときに便利です。しかし、会えないときのルールとしてケータイへのEメールで報告を決めておくと迅速 に伝わります。

5)文書での報告は、簡易な報告でなく、しっかりした本格的な報告です。
文書報告には一定の作法、ルールもあるので、注意が必要です。なにより内容が重要ですが、すっきりしたレイアウト、簡潔で判りやすい文章を書く事が要求さ れます。日常的に文書のトレーニングが必須です。

6)ファクスも文書とおなしです。

7)ミーティングでの報告は、情報を共有する目的があります。より詳細なことを報告するのに最適です。

8)手紙での報告は、基本的に文書と同じですが、挨拶文の挿入がないと失礼になります。
方法は以上ですが、問題は内容です。特に気をつけたいのは。話しにくい問題の扱いです。話しにくいことは重要な場合が多いものです。だから話にくい。それをどうでもいいような簡単さで伝えてしまおうとするとこじれます。あるいは、自分が勝手に判断して「こんなものでいいだろう」と処理してしまう。これも意思の疎通で問題が発生します。

報告・連絡・相談は、誰のためにあるのか、自分以上に相手に迷惑をかけられない場合が在る場合が大半です。相手を思いやる気持ちが報告・連絡・相談の基本です。

報告力は、ライフスキル 10のスキルのコミュニケーションスキルとして重要な力を発揮することを忘れないように、可能な限りこまめに、しかし優先順位を考慮した上で、相手の邪魔にならない工夫も忘れないようにしたいもの です。

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報告する理由



 報告の目的はなんでしょう?
上司が現状を正しく理解し、次の打ち手を的確に判断するための材料を提供することにあります。

 簡単なようでも、これがなかなかできません。人は助言が好きなので求められてもいないのに自分の考えを伝えようとするのです。しかも曖昧な伝聞を自分が見てきたように報告する人がいます。あるいは自分の主観を真実として認識して報告する人がいます。これでは報告の主旨から大きく脱線です。

「あの店はよく売れています」「あの店は儲かっていませんよ」などもよくやりとりするテーマです。そのほとんどが曖昧な伝聞である場合が少なくありません。そんな場合は、根拠となるデータを持って話すべきなのです。

あるいは「あの店の店員さんのおしゃべりを耳にしたのですが」と情報の出所を断ってから、「店の売上減少の原因は価格設定にあるようです」と報告すれば、情報の妥当性について、上司もそれなりの意識で受けとめることができます。これを「店の売上減少の原因は価格設定にあるようです」とだけ言ったのでは、印象がまったく違ってしまいます。

 間違いが多いのが、「アプローチしたけれど売れません」という報告です。自分ではしたつもりだけど、実は少ししかしていないのに、全部したように報告したりする場合です。本当はよく売れる店だったのに、行動不足から売れていないだけだったという実例はすごく多いのです。だから責任者や運営会社が変わることで、いままでと全然違う結果になった事例がものすごく多いのです。

報告は正確に客観的に行わないと、とんでもない判断間違いを冒してしまいます。
自分の受けもった役割を果たせなかったことは、恥ずかしく思う気持ちは誰にでもあることです。だからといってそれを隠すような報告をすると、責任を果たせなかっただけでは終わりません。今度は上司の判断を狂わせます。上司、同僚、会社、関連企業全体、その家族に迷惑をかけることになります。

客観的な報告ができない人は、調査や取材をする場合も、事前調査もテキトーだし、曖昧なインタビューしかできません。


 会話には2つのパターンがあります。そのひとつが「ただ話すだけ」。もうひとつは「行動を促す」ことです。
報告の特徴は「事実をただ話すだけ」です。「こうなっています」「こういう変化があります」という事実のみを報告をするようにします。「行動を促す」パターンである「こう思います」「たぶんこうなるでしょう」という自分の考えはいったん横に置いて、事実の報告を先に行い、そのあと、必要であるなら自分の考えをつけ加えます。

参考までに、どちらかと言うとNHK のニュースは事実の報告に徹していますが、民放のワイドショーはニュースを伝える人の主観的な報告が混在しています。民放の背景にはスポンサーの存在も影響しています。学習になりますので、気をつけて聞いてみてください。

 事実の報告には数字を使います。「少しです」「余裕がありません」といった表現では、報告する側と報告を受ける側で、全然違うことを考えているということになりかねません。

「最近はよく売れています」では、正確な現状把握は不可能です。「商品Bですが、先月は、前年同月より2000kl 増えました、前月と比較しても1000kl 増えています。先週24 週は前年24 週と比較して1週間で500kl、今週25 週は前年24 週と比較して、3 日目で、すでに20kl 増えています」と数字で報告することが大切です。

報告がしやすいように、上司側も指示の仕方にも注意をしています。
たとえば「10 時から10 時30 分までの30 分で1 個販売してくれ」というような指示をするようにしています。

報告は事実を正確に、数字を使って行います。

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健康力




個人の時間だから、テレビみようが、マンガ見ようが、音楽聴こうが自分の自由だろうということで、深夜遅くまで楽しむ人がいます。楽しむことは大いに賛成ですが、毎日の中心を仕事におくのか、プライベートな時間におくのか?

健康力が弱いと いくつか問題が生じてきます。若いと健康に無関心になりがちですが、実際には少し体調を崩しただけでも、気分は優れないものです。具合が悪い箇所に意識が集中し、さまざまな障害がでてきます

睡眠時間が少なく、ボーッとしていて、午前中は自分の才能が使いものにならない人がいます。疲れていると仕事の質が落ちてミスをします。

・やる気がなくなる、
・集中力がでてこない
・思考力が鈍る、
・根気が続かない、
・ささいなことで落ち込む、
・不安になる
・ミスが増える

このように気力が低下した状態で、ムリをすると、ますます体調が悪くなります。

疲れを我慢していると、感情的になり、周囲の人に対して当たったり、反発的な態度をとったりします。すると相手は不愉快になり攻撃的になります。心身ともに悪循環に陥ります。しかも自分だけでなく周囲の人も巻き込んで楽しくなくなります。

自分が機能しないばかりか、 事故でも起すと、人や財産を傷つけたりします。日々の暮らしも、仕事も、常に危険と隣あわせにあります。他人が自分を、あるいは自分が他人を、危険な目にあわすことは、いつ何時起こるかもしれません。転ばぬ先の杖 、未然に防ぐには、頭と身体をベストなコンディションにして仕事に臨むことです。

逆に、体調がすこぶるいいときは、やる気満々で物事に臨む事ができます。集中力や持続力を発揮してぐんぐん仕事を進めることができます。

障害があっても、ちょっとやそっとのことでは挫けない、プラス思考ではねのける元気もわいてきます。周囲の人とのコミュニケーションもスムーズになります。

多少ムリをしても心身の元気は保たれ、好循環を生み出してくれるのです。健康を維持するために、どんなことを心がければいいでしょうか、ポイントは三つです。

・睡眠と食事は健康の基本
・定期的な健康診断を受ける
・気力のある毎日を過ごす


■睡眠と食事は健康の基本

スポーツジムで健康力の増強を目的に、身体を鍛える人が増えていますが、効果がでる
ルールがあります。

1)早寝早起き
2)バランスのいい食事
3)日常生活での自然な運動
4)そしてジムでの運動

■早寝早起き
ジムでの効果がでるのは、いちばん最後なのです。当たり前の事を当たり前にしていないと、いくら高いお金と時間を費やしても効果はでないのです。
睡眠不足は不健康な日常のはじまりです。

■バランスのいい食事
バランスのいい食事とは、ぜいたくな食事ではなく、栄養のバランスを優先したもので、油、添加剤の少ないものを心がけましょう。不規則、食べ過ぎ、飲み過ぎに注意します。

■定期的な健康診断を受ける

体調不良を感じていなくても、どこに病気が潜んでいるかわかりません。自動車に二年に一度の車検が義務付けられているように、人間の体にもメンテナンス
は必要でしょう。それに、万が一"病気の芽"があったなら、早期発見.早期治療に越したことはありません。

■気力のある毎日を過ごす

老若男女を問わず「仕事なんてしたくないなあ」「どうにもやる気になれないなあ」といったネガティブな気持ちになったり、ヒマで緊張感のない毎日だったりすると、たちまち病を呼び込んでしまうものです。

目標をもって緊張感のある生活をしていると心と脳と身体を使いますので、張りがでてきます。さらにいまこの瞬間に集中すれば忘我の境地に達します。つまり自我のない状態になりますので、周囲とのコミュニケーションも自然に調和がとれ、ますます活性化」します。

年配の人が相当なムリをしながらも、風邪一つひかず暮らしているのは、次から次へと緊張感を失わずに、スケジュールを埋めなが、喜んで仕事をしているからです。その背景には目的をもっていることが健康の重要なポイントになっています。

仕事は自分の時間だけを切り売りしているわけではありません。
正社員でもフリーターでも同じことです。
そんなことにならないように、万全のコンディションをキープしたいものです。
睡眠時間も仕事の一部なのです。

自分の与えられた役割を正しく果たすことが、自分の義務です。仕事は内部・外部含めて「チームワーク」でしています。チームワークを損なうようなことをしてはいけないからです。そのためには、常に良いコンディションで、仕事に臨む事が、義務であり、自分が自由に生きる準備なのです。

でも、暮らしていれば、夜遊びをするときもあります。仕事をしていると、睡眠不足、運動不足、なにかと不健康な日常になりがち。だから仕方がないで終わるようではプロとして失格です。思うようにならない難しい状態をそれでも、何とかやりくりして健康を維持するのも、能力の一つです。

実際に多くの人は、出張や外食、残業などの多いので、なかなか大変ですが、意識して健康によい生活を心がけています。朝疲れていてボーッとしている 、そういう時こそ、自己表現の場です。自分の与えられた役割を正しく果たすこと。ベスト・コンディションであるかのように、ひとつひとつの作業に集中して行動することです。
ひとつひとつの作業に集中しているとコンディションも回復に向かいます。
使命感とそこから得られる喜びがあれば、体は柔軟にムリをきいてくれるものです。
身体は気持ちに左右されることも知って、メンタルタフネス力を忘れないのも健康力です。

「健康力」はすべての基礎となる中心的な力です。心身の健康が人生、仕事、自由時間の好循環を生みます。何よりも大切にしたいものです。

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我慢力



 我慢できる力は、自分の身体を自分が思うように使えるのに似ています。我慢は自分の脳と心を自由に扱える力です。なにごとも思うようにならないのが当たり前です。だから自分でくじけないように「我慢」する力を駆使して、自分の真の欲求に近づくようにする、ポジティブ 志向、それが我慢です。

我慢は、衝動的な欲求を自分自身が認識して、長期的な利益を考えた上で、欲求をふさわしい行動に変える技術のこと。何が何でも自分にとって真の利益にする ポジティブな行動です。

ところが、我慢は自分を抑圧すること、つまり我慢は損をすること、自分の気持ちを殺すものと思い込んでいる方が多く、最近は特にその傾向が強くなっているようです。

我慢の解釈を間違えていると、なんだか損しているような気分になります。では、抑えた欲求はどうなるのでしょうか?どうやらその点が「我慢」の解釈が人によって違う原因になっているようです。我慢していると、つらい思いがこみあげてきてしまうのも、我慢の解釈と過去の体験が原因のようです。自分の過去の体験から、身につけてしまった欠乏感も天敵です。自分への信頼感が薄いと、手にいれられるものは、いま手にいれておかないと手に入らないと無意識に反応してしまいます。

 それにしても、その反応は長期的、大局から展望すると適切でない場合が多いのです。望むままに欲求を満たしていては、自分で障害をどんどん作っていることにもなり、目標の達成は困難となるばかり。我慢の本質は、目標を達成するために、瞬間、瞬間における自分の反応の仕方を適切なコントロールによって変えていくことにあります。

ですから、我慢する意味を理解していて、我慢することができるほど、我慢は苦でなくなるばかりか、逃げずに積極的に取り入れようとします。より大きな喜びに近づいている実感が意識できるからです。物事を成就するには、客観的に観て難易度が高いほど、準備をしたり、訓練をしたり時間がかかるものです。自分を信頼している人は、必ず達成できるように、想定できる障害に対策を打ち念入りに準備します。

小さなことを疎かにしないで仕上げていきます。急がば回れです。準備や訓練する人は、準備・訓練に要す時間も計算するだけでなく、時間の不足を危惧し、意識的に危機感を自然体で創り出して、時間を大切に扱います。何度も同じ失敗している時間的余裕がないとして、準備や訓練も含めてプロセスを徹底するのです。

またうまくいかないときほど地道な努力を続けます。日頃から、我慢になれていないとすぐ楽になろうとして諦めます。結局、自己否定感だけが強まります。それがさらに我慢する力を弱めます。

いますぐ結果が欲しいと求める心情は分りますが、自分の努力の報酬として、いますぐ結果を求める人ほど、準備や訓練をしない傾向にあり、あきらめも早く なります。実際には案件にかかわっている時間が圧倒的に少ないのです。
しかも本気ではなく上滑りです。

面倒くさい、分らないで片付けて、その原因を自分のせいにします。自分のせいに違いはないにしても、準備をしなかったことやスキルの弱さに原因を求めるわけでもなく、一足飛びに自分が悪いという自己否定だから反省にもなりません。これでは手のつけようもないので、いくら失敗しても変化を起こせない。
自分の無力感だけが残ります。

・欲しいと思ったものは手に入れる
・欲しいものを手に入れるのに長く我慢することはしない
・人にして欲しいことがある場合はすぐにして欲しい
・何も考えずに不健康なことをしている
・待つのは苦痛だ

以上がノーの人は、我慢できる基礎力が備わっています。イエスの人は危険信号です。

 我慢する力が弱いのは、自分に報いる気持ちが強いからですが、その背景にはストレスと自意識の扱いの違いがあります。自意識が強いと依存心が強くなり、やる前から自分の努力に注目してしまい、そんなことはできないと身構えてしまい、ルールや言われることに反発したくなり ます。これも自分に報いる気持ちが強いからですが、本当は報いるのでなく、自分を粗末に扱っていることに気がついていないのです。

どうしても我慢ができない場合は、その欲求を目標達成する上で、もっとも害がない形で消化するようにしましょう。従来からのくせで、感情的になりがちだったとしても、意識することで、感情的にならずに、我慢できるようにしましょう。

怒っているときは怒りをぶつけること自体が目的のようになりますが、怒りの発端となった本来の目的はそうでなかったはず。大切なことは怒りを表現することでなく、目的を達することです。感情的になるとそんなことすら分らなくなります。

 次に、自己肯定感、自己効力感、専門的なスキルと共に育くまれていく好ましい事例を紹介します。自己効力感とは、目標に到達する能力に対する自分の感覚(遂行可能感)を表現したものです。つまり、自分にはやれる気がするという感覚です。この感覚は達 成を繰り返す事で身についていく感覚です。

「ぼくの夢は一流のプロ野球選手になることです。
そのためには、中学、高校で全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。ぼくは、その練習にはじしんがあります。ぼくは3歳のときから練習を始めています。3歳~7歳までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは365日中、360日ははげしい練習を やっています。だから一週間中、友達と遊べる時間は、5時~6時間の間です。そんなに、練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手になれると思います」

これは現在大リーグ活躍しているイチロー選手が小学校6年のときに書いた作文です。この作文に「自分はきっとやれる」といった自己効力感がしっかりと育まれているプロセスを明確に観ることができます。

練習漬けの毎日ですが、練習をすることで、「友達と遊ぶ時間もないほど、こんなに練習をやっているんだから、プロ野球選手になる以外にないだろう。 これだけやっているのだからそれしかないだろう」という実感を手に入れています。追い込んで追い込んで、考えることを忘れるほどに追い込んだことで、小学生でありながら無心に辿り着いているように思えます。選択の余地がないほど、自分と自分の時間を野球に投資しているのだから、その結果を引き受けていくしかない。という選択。

それは選択肢を失うほどに、意識をいまに集中させた膨大な累積の結果であって、それが類い稀な自信をこども心に呼び込んでいるのです。
この時イチロー選手は、この現象に対して、ネガティブにもポジティブにも判断できる立場にあり、判断の選択も自身にありますが、野球のスキルが上達していることもあり、ポジティブな判断に傾き「必ずプロ野球選手になれると思います」と結論づけています。

この状態を自分の選択で継続したことで、野球のスキルと、自己肯定スキルをはじめとするライフスキルを身につけることが雪だるま式にどんどんふくれあがっていったわけです。

「そりゃ、僕だって、勉強や野球の練習は嫌いですよ。だれだってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子どもの頃から、日標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか」 (イチロー:談)
最近の言葉です。

 さらに重い言葉があります。

「ここまでヒツトを重ねるには、それよりはるかに多い数の凡打を重ねなくてはいけない。やっぱり思うことは2000という表に出る数字じゃなくて、それ以 上にはるかに多い数の悔しさを味わってきたことのほうが僕にとっては重い気がします」(イチロー:談)

こんな話を聴く機会がよくあると思います。
コップの中に半分水が入っている。それを見て、もう半分しかないと思う人。まだ半分もあると思う人。同じものを見ても考え方はこうも違います。ポジティブ発想、ネガティブ発想についての事例に、よく使われる話です。

 このイチロー選手の談話は、どうでしょうか?
彼は失敗に関心があるようですが、そうではありませんよね。彼の言いたいのは、悔しい思いをするたびに、どうすれば打てるのかを考え工夫したことを言いたいのであって、ネガティブな発言ではなく、常にポジティブ だったと言いたいわけです。

つまり、「打てなかったときに、落ち込む人は多いけれど、ぼくはそうじゃない。打てなかったときほど、やってやると闘志がわき、考え、工夫して、練習をし た」ということです。それを裏付ける言葉があります。
「やれることはすべてやりましたし、どんなときも手を抜いたことは一度もなかった。やろうとしていた自分、準備をした自分がいたことは誇りに思います」
(イチロー:談)

イチローは特別な人でなく、みんなと同じだということを伝えたがっているのだと思います。
そのことを本人が一番知っている。

だからこそ、みんなと同じだけど、みんながしていないこと、つまりイヤになったとき、落ち込みそうになったとき、仕事から離れたくなるときほど、仕事に打ち込んだことを、誇りにしたいと語っているのです。

みんなが、していないこととは、できないことでも、あきらめずに、どうしたらできるのかを考えて行動したことです。苦しくてもバットを置かずに、いつも振りながら、考えた成果です。

過去の成功も未来の不安もない。ただいまこの瞬間、どうしたら打てるのかと、練習中も試合中も考えながらバットを振っているだけなのです。
だから不安になっている時がない。
とてもシンプルです。

 でもたいていの人は、嫌気がさして、時には失意や挫折の内にバットを置いて気晴らしに全然違うことをする。あるいはバットを置いて考える。あるいはさっさ とあきらめる。そして、これが一番重要なことだけれど、簡単にあきらめるのと引換に自己効力感を失っている点です。

私たちは誰でもが努力すればイチロー選手のようになれるわけではありませんが、自分の仕事で「イチロー」になることは自分の行動によって可能なのです。


次のことがイエスと答えられる人でいてください。

・目標に反している行動だと気がついたら、すぐにやめる
・欲しいものをしばらく我慢できる
・小さなことを積み重ね大きな目標を達成したことがある
・目先の利益にとらわれず全体的な利益を考えて行動している
・着実なやり方が手っ取り早いやり方に優ると考えて実行している

我慢力とは、自分を大切に扱える力だと定義してください。

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感謝の心は自分を大切にする気持ちから。




 こどもを自転車に乗せて、人質にしたように「来るなら来い、こっちはこども連れだ!」と赤信号も無視して走行する母親も少なくありません。これって児童虐待の一種ではないでしょうか?そんなこともあって一概に、「親に感謝しなければいけませんよ」と言うのが怖いこの頃です。

それでも無事に生きていることから推察すると、たいていの方は親に育ててもらっています。

 ところで、親に育ててもらったことを感謝していますか。それとも、親が子どもを育てるのは当たり前と思っていますか。
自分のことは後回し、物を買うにも自分のものは後回しにして、寒い日、暑い日、身体が不調であっても、真夜中に泣いていた赤ん坊のために、身を起しミルクを与え、身体を拭き、肌着を交換してくれました。

なぜでしょう?
赤ん坊を守りたいと思ったからです。

学校の先生、上司、先輩に対してはどうでしょうか?教えてくれるのは当たり前、仕事を教えてくれるのは当たり前、あれこれ世話を焼いてくれるのは当たり前、と思っていますか。あるいは、いろいろ教えてもらい、ケアしてもらったことに感謝していますか。

当然と思ってきた、あるいは意識しなかったアレコレの向こう側には、犠牲を払い、悩みながら、たくさんの贈り物をしてくれた人がいます。時には自信を失い死ぬことさえ考えた人がいます。

 地球なしには生きて行けない人間は、生きる権利を地球から授かっています。権利を受ける側は、なにがしかの迷惑を相手にかけています。その上、便利と引き換えに膨大なゴミを出し、きれいな水を汚しています。実はとんでもないことをしているのです。

共同体における親子の関係、上司と部下の関係も同じことが言えます。生徒は先生に、後輩は先輩に、部下は上司に、なにかとめんどうをかけ、手をわずらわせています。同じ仕組みです。
迷惑をかけた、めんどうをかけた、世話になった、という気持ちが自分にあれば、感謝の心が生まれるはずです。「ありがとうございます」という感謝の言葉が出てくるはずです。

それを自分で意識し、考えること、思うことができるのが大人、つまり社会人です。
社会人とは、共同体(コミュニティ)に対して責任を果たせるということです。一番身近な共同体は「家族」です。「夫婦」は一番小さな共同体です。そこからさらに外の世界に出て行くと、友人、近所、地域、都道府県、国、地球というように広がって行きます。これらはどれも共同体です。

上司に叱られても、自分はいま育てられているのだと感じたら、自然に不満の感情は消え、「ありがとうございます」と言えます。注意してくれた相手の気苦労を思うと、自分は大切にされていると感じることができます。勇気はそこから湧いてきます。勇気の力はとても大きいもので、自分になにがあっても大丈夫だと感じさせてくれます。

 感謝の心とは、面倒をかけた、世話になった、迷惑をかけた他者への気配りです。その気配りの心は良い人間関係をつくります。なぜでしょう?

ありがたく思うから人間関係がよくなるわけではないのです。自分は大切にされていると感じることができると、他者も大切にしてあげたい、他者も大切にされるべきだと思うようになれるからです。つまり気配りしたくなるのです。

ですから自分は大切にされていると感じることができないままに、感謝の気持ちを持つには無理があります。意味のない競争心や敵意ばかりが強化されてしまいます。大切にされていないと感じるのは、自分の気持ちに注目、集中してしまうからです。

自分に関わってくれた人々への迷惑をかけた、面倒をかけた、世話になった、という気持ちに目がいかないからです。本当に人間とはおかしなもので、自分の気持ちに集中するほど不満が増えていきます。

大切にするのと、支配することを混同している人が少なくありません。大切にするとはその人をそのまま受け入れ、能力を引き出してあげることです。支配はその人をそのまま受け入れずに自分の思うように扱おうとする態度、行動です。

 赤ん坊が夜中に泣いても文句も言わずに「よしよし」とあやすのは、泣いているこどもをそのまま受け入れ、さらに何があったのか心配しているからできるのです。

 育てる態度とは、めくってもめくってもGIVE&GIVEしかないカレンダーを作ることです。赤ん坊が泣いていたら、うるさいと叩くのは支配です。私たちは成人同士であっても、これと同じ場面に頻繁に出会います。どんな行動をするべきか、その選択は自分でしています。

冒頭で述べた、人質にしたように、自分のこどもを自転車に乗せて、赤信号くそくらえで、走行する車に向かってくる母親は、危機への配慮が足りないのです。配慮が足りないのは、自分の気持ちだけに集中しているからです。

その一方で、大切にされていないことをこどもは肌で感じています。成人なったときに他人を乱暴に扱います。”粗末にしていい”というデータしかないからです。人を大切にしなくていいという考え方の連鎖が社会問題になっているのです。

 お客さま、上司、先輩に叱られたときに、是非考えてみてください。叱っている人が正しいときもあるし、間違っているときもあります。自分は間違っていない、叱っているこの人が間違っていると思うのは、自分に集中するからです。

感謝する気持ちを使って相手に注目したら、間違っている相手からは相手の痛みが見えるだけです。間違っていることよりも、相手の痛みが気になります。痛みへの気配りができます。気配りと引き換えに自分を大切にしたい気持ちが強くなります。感謝の心は相手への気配りですが、結果的に自分への気配りになるのです。

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2010年3月22日月曜日

正社員になる基本の自分づくり



「正社員になる基本の自分づくり」の主な対象読者は、言ってみれば新入社員のみんさんです。仕事をする上で一番、基本のことだからです。

しかしそれ以外にも対象者がいます

1)新入社員
2)アルバイト/フリーター
3)一般社員
4)管理者候補
5)管理者

つまり全員です。しかし、対象ごとに微妙に目的が少し違います。

1)新入社員の方には社会人としての良識・良心を身につけてもらいたい
2)アルバイト/フリーターの方には社会人として良識・良心を身につけてもらい再認識してもらいたい
3)一般社員には再認識して、後輩に話せるようになってもらいたい
4)管理者候補には再認識してもらい、部下、後輩に話せるようになってもらいたい
5)管理者には再認識してもらって、部下、後輩に日常的に話してもらいたい

 上司や先輩は、部下、後輩に教えます。ところが、部下や後輩に思うことを遠慮してしまう人がいます。部下や後輩が嫌がるだろうなと気を使って言えないやさしい人もいます。葛藤が生じて、悶々としたまま、あきらめる人も少なくありません。

 こういう方は、やさしくっていいのですが、視野の狭さに難があります。やさしさを多面的に考えると、もっと違う考え方もあることが分ります。社会人の良識、良心を軸に考えるようにすると視野が広がります。

 かって誰かの部下で、いまは部下を持つ身であれば、その功績や努力が買われたはずです。だから自分の考えを説明したら、部下は分るだろうし、その程度のことは話せるだろうと言う方がいます。でも、そうでしょうか?
自分の考えと他人の考えは違って当然なのです。自分がこうだから、君も同じようにしろでは、誰しも納得できません。

自分が上司に気を使わさないように、一生懸命にがんばったということなら、他者にもそれを当然として求めてしまいます。すると、気を使わない部下に対して、怒りがこみあげることもあります。それではコミュニケーションになりません。

親子の紛争は、親の言い分、子の言い分だけでコミュニケーションをするからですが、上司と部下も同じことが言えます。

 どこの家族にもありそうなことで考えてみましょう。
あなたは、何才でタバコを吸い始めましたか?あるいは何才で酒を飲みだしましたか?その動機はなんでしたか?

 たとえば中学生の息子が、隠れてタバコを吸っているのを見つけたとします。あなたはどうしますか?
「オレも吸っていたのだから仕方ない」で済ませますか?あるいは「なんでタバコなんか吸うのだ!」と叱りますか?隠れて吸っているくらいだから、悪いことはなんとなくわかっているのでしょう。それを、「なんでタバコなんか吸うのだ!」と頭ごなしに怒っても、しかたありません。「オレが吸っていないのに吸うな」では、話にもなりません。だからといって、「オレも吸っていたのだから仕方ない」で済ませていいのでしょうか?

子どもがタバコを吸いたがるのは、例外なく好奇心からです。そして”大人”の仲間入りが早くしたいのです。そういう気持ちは、成長段階ではごく自然なことで、悪いことではありません。しかし法律でそれを禁じているのは、理由があるからです。だからそういう子どもの気持ちをまず認めてやり、そしてなぜそれが禁じられているかを話し合う。親には、そういう態度がたいせつです。上司も同じなのです。

親子の紛争が起こるのは、「共同体として大事にする価値観」から外れて、互いに自分の言い分だけを主張するからです。部下と上司もある意味、親と子の関係に酷似しています。

タバコのような事例は、髪の色、化粧、ユニフォームの着こなしなど、いくらでもあります。自分がそうしている理由だけでは、親子の場合と同じく説明できないのです。そこで、話し合う必要性が生まれます。そのときに、どのように話し合えるか、良識と良心を言葉にして伝えます。

自分がいて、他人がいて、世間がある。自分の主観、他人の主観、客観的な考えが交錯するところに「共同体としての価値観」があります。「共同体としての価値観」なんて意味が難しいと感じるかも知れませんね。人は一人では寂しくて生きて行けません。山里に一人暮らしている人でも、それは変わりません。みんな何らかの共同体に属したいと思っています。ですから自分と他者を生かすことができる「共感できる価値観」が必要なのです。

良識と良心を言葉にして伝える作業は大変ですが、数多くやるほど自分が成長するだけでなく心が通じあいます。「共同体としての価値観」は中間管理職にとって魔法のような働きをします。

マートワン
【アサーティブネス】自分をじぶんの味方にするために
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信頼というコミュニケーション



 最近万引きが激増しているそうですが、親が万引きをした娘に対して、血相を変えて怒ってみたり、オロオロしてみてもはじまりません。

 なぜ万引きをしたのだろうか。その品物がほんとうにほしかった。でも小遣いでは足りず、お母さんにお金を出してとも言えなかったということは、親に負担をかけまいという、やさしい気持ちがどこかで少しはたらいていたかも知れません。そういう気持ちを見つけだしてやる。これが「信頼」することです。

 「信頼」とは、だまされる覚悟でするものです。さらにいえば「信頼」することは、だまされることを覚悟することです。しかし、間違えないでください。「ああ、やっぱりだまされた」と思う状態を味わってくださいと言っているわけではありません。

だまされることを覚悟して、そうならないように、どうすればいいかを考え、行動することが大切なのです。マネジメントする人にはこの態度は不可欠です。やさしさとはそういうことだと思います。

 ですから、部下が嫌がるだろうと想像して、したいこと、しなければならないことを指示しなかったり、顔色を伺って勝手な判断を下すのは、本当のやさしさとは思えません。

 嫌がる理由を見つけ出してやる。それが信頼です。その上で、嫌がらないようにするにはどうしてやったらいいのか、あるいは嫌がってもやらせて、「やってよかった」と思わせるために、どうしてやったらいいのか。こちらの信頼に応えるようにしてやるにはどうしてやったらいいのかを考えて行動する。

結果的にだまされても、非があることは本人も重々承知なのでしょうから、相手にはどうしようもない事情があったのだ、ということを見つけようとすることが信頼です。

繰り返しますが、間違えないでください。どうしようもない事情があったのだ、だから仕方がないと言っているのではありません。どうしようもない事情を見つけて、解決方法を探して、解決するということです。
これはなかなかむずかしいことです。それでも基本的に他人を信頼することは、私たちにとって重要なことなのです。

 自分から、「人の信頼を傷つけていることはよくない」と自覚するようになると、信頼に応えようとします。その行動が、信頼に応えるということです。それには、日頃から、信頼に応える仕事とはどういうものなのか、あらゆる機会を通じて、何度も教えることが欠かせません。なぜなら、聞いてくれていないからです。聞いて知っていても実行しないからです。それでも話すことをやめない。それが信頼です。日頃から何度も何度もあらゆる機会を通じて、何度も教えていく。それが信頼している態度なのです。

 仕事の基本は、そのためのヒント集です。でも、職場は学校ではありません。
「THE WAY 仕事の生き方」の中でも言っているように、自分の役割を果たすのが命題であって、余計なことに手間をとらせないということはマナーなのです。

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言葉は考える力の基礎



 考えるのが上手な人と、考えるのが下手な人がいます。
考えるのが上手な人は、たくさん考えるから上手になったのです。
考えるのが下手な人は、考えないから下手なのです。
頭がいいとか、悪いの問題ではありません。

音楽や絵画、スポーツと同じくある程度は天性のものもあります。しかし大半は訓練、トレーニングです。

学校の成績も同じです。たくさん効率的に勉強したから、いい成績がとれるほど知識が身についたのです。悪い人は少ししかしていません、しかも非効率に勉強したので知識が身につかなったのです。

 仕事をする人、仕事のできる人は、いつもよく考えています。何も考えていない人は、仕事ができません。どんな仕事でも、考えて行動する人と考えない人では、かかる時間も仕上がりの質レベルも違います。

いつもよく考えている人は、カラダを動かしていても考えています。単純労働なら何も考えることはない、と言う人がいますが、それは仕事を理解していない人の意見です。そんなのはウソです。掃除や片づけでも、考えてする人は、速く正確にできます。コピー一枚取るにしても、考えている人はミスがなく、速くできます。

考える力をどんどん伸ばすには、考えるくせ、つまり習慣を身につけることです。
速くできないか、ムダをなくせないか、ミスをなくせないか、
どうすればもっとうまくやれるのか?どうすればもっと便利にできるのか?
なぜこうなったのか?いつも考えて仕事に取り組むようにすれば、どんどん楽しくなります。同時に面倒だなと思うこともどんどん増えます。でもその面倒が楽しさの秘訣なのです。

考えなければ楽しくないかわりに、面倒も増えません。物足りなくなって、刺激を遊興に求めます。考えなくても手軽に楽しくなるので、考えなくなります。考えることが苦手になります。頭が悪いからではありません。考えないから苦手になるだけです。「遊んでいても考えることはいっぱいある」という人がいますが、考える質が違います。

仕事で考えるくせが着いている人は、遊んでいる時でも考えます。物事を大局的に見るくせもつきます。大局的に見るとはいろんなことをつなぎあわせて因果関係を考慮しながら考えるということです。すると同時に原理原則が見いだせるようになります。原理原則とは簡単に言うと、多くの物事から見いだされた共通点です。
ですから生きた原理原則は経験からしか見いだせません。その始まりは自分でたくさん考えることです。

考えることは「技術」ですから、「考え方」があります。帰納法とか演繹法とか、ちゃんと名前もあります。伊賀流、甲賀流という忍法みたいです。 だから頭がいいとか悪いとかではなく、考えるのが上手な人がいるわけです。

 反対に、どうしても考えることが苦手な人がいます。考えることが下手な人は、仕事の手順を考えなさいと言われても、何を考えればいいか見当がつきません。
その原因は、問題点を発見しない人です。問題点を発見しないのも習慣です。問題点があると自分の落度と受け止める人がいます。自信のない人は、欠点に目をそむけるのが習慣になっているので、知りたいと思いません。


 さらに言葉を知らないことにあります。なぜなら、考えるときは、言葉を使って考えるからです。言葉を知らないと、考えが単純になり、発展や深みが出てきません。まず言葉を覚えましょう。言葉を覚えるには、話すことです。

考える人は、よく話します。話す、書く、言葉をたくさん遣わないと考えがまとまらないからです。マンガやテレビだけですごしていると、単純な言葉しか頭に残りません。おなかが空いた、何か食べたい、疲れた、面白い、面白くない、早く仕事を終わりたい。というような本能だけの考えやイメージしか浮かばなくなります。これでは合理的な判断はできても、因果関係を考慮した大局的な判断ができません。


最近は、合理的な判断すらできない人がどんどん増えています。本能だけの考えやイメージしか浮かばない人が増えています。家庭では「めし」「風呂」「お茶」しか言わない男性もいます。

これでは、こどもがそのまま大きくなっただけなのと変わりません。短絡的な発想しかできなくなってしまいます。言葉を知っていると選択肢や解決方法がたくさんあることに気がつくようになります。選択肢や解決方法がたくさんあれば、人はより幸福になれます。

 どうしたらいいのでしょう?
そんなことにならないために、本をたくさん読んでください。まずは、小説でもノンフィクションでもいいから、活字に多く触れることです。なにも読まないよりは、漫画でも読んだほうがマシです。でも、先にあげたように単純な言葉しか頭に残りません。漢字には先人たちの思いがこめられています。ひらがなにも隠れた工夫がたくさんあります。

本は手元にないと読む機会が少なくなるので、手元に置くようにしましょう。数千円で、貴重な話が聞けると考えたら安いものです。新聞も読んでください。スポーツ欄しか読まない、という人はいませんか。政治、経済、文化と幅広く読むようにしましょう。テレビにはない情報がたくさんあります。読んでも分からないという人がいますが、分からないから読むのです。分かっていたら読まなくても大丈夫です。本や新聞を読んで言葉を知りましょう。

知ることは考える力を伸ばします。 考えたら書く習慣を身につけます。考えたら話しましょう。書くことで、考えをまとめましょう。話すことで、考える力をさらに育てます。


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【WAY】「はい」は魔法の言葉




 新入社員の心得というより、社会人の態度として忘れてならない、でも、職場に慣れるにつれ結構忘れてしまうことがあります。 想像してみてください。

もし、あなたが幼いこどもだったとしたとします。おかあさんの側に行って、「おかあさん」と呼びます。

●そのとき、お母さんが「はい」と答えて、あなたを見つめたとします。

どんな気分になりますか?
あるいは、

●お母さんは返事に答えず、黙ったままあなたを見つめたとします。

どんな気分になりますか?
あるいは

●お母さんは「はい」と答えたものの、他を見たままで、用を続けてあなたを見ないとします。

どんな気分になりますか?

この3つの反応の違いは、あなたにとって同じでしょうか?

違うでしょうか?違うとしたらどう違いますか?

あなたは、どれが一番気持ちいいですか?
あるいは、あなたがお母さんだとして、どの反応をしてあげたいですか?
それはどうしてでしょうか?

安心できるって素晴らしいことでしょう。
安心できるって自分が大事にされていると感じることです。

上司が部下の名前を呼んでも、返事もしないまま、黙って顔だけを上司のほうに向ける人がいます。あるいは「はい」と返事だけして、下を向いたまま仕事を続けている人がいます。

どんな感じがするでしょうか?
話そうとしても出鼻をくじかれるようで、いい感じがしません。
安心して話ができない気持ちにさせるのは、社会人として不合格です。

返事をしたとしても、たとえば「はーい」「はあ」「えっ」「何ですか」も、感じの良くない返事です。

 日本では「かわいい」が受けるので、「はーい」と返事することで受けを狙う人もいます。しかしペットにされて満足する程度なら、それでいいかも知れませんが、良識と良心をもってあなたを気にかけてくれる上司や先輩なら、「はーい」と返事されたら不安を感じます。呼ばれたら、すばやく簡潔に、元気に「はい」と答えるのが正解です。あとは全部不合格です。

「はい」は単なる反応の証ではありません。返事することには意味があります。

◎呼ばれたことが分かりました。
◎実行します。(行きます)
◎指示された内容が理解できました。

これらのことを伝えることが「はい」なのです。

 私たちはよくマクドナルドのことを「マック」「マクド」、スターバックスのことを「スタバ」と省略して呼んだりします。略した造語が氾濫しています。

その感覚で言うなら「はい」も略語のようなものです。スピーディに仕事を進めるために、キビキビした「はい」を上手に使いましょう。

呼んだ人も、呼ばれた人も気持ちよくなれます。でも、それは気分よくするために使うのではありません。目的、目標、自分の役割を果たすために、無用なストレスを作らないのがマナーなのです。気持ちよく働ける環境は、周りが用意してくれるのではなく、自分も一緒になって創っていくものなのです。

お客さま、上司、先輩に呼ばれたら、自分から相手の方に近寄っていくのが礼儀です。気をつけたいことがあります。没頭していると気持ちの切り替えしに多少時間をとってしまうことです。すぐに意識が相手に向かわないと「なんだろう?」と考えてしまう、だらだらとした足取りで近づいてしまいます。

スピーディに意識を切り替えるためにも「はい」は効果的です。「はい」のひとことがスイッチになって、すぐに一旦中断して、急ぎ足で相手のところへ行けるようになります。やりかけの仕事があっても区切りのいいところまでと考えずにすぐ行動できます。

相手が近づいてくる場合も同じです。近づいてくるのが見えたからといって、そのまま座って待つというのもよくありません。立っている場合も同じで、自分から近づくようにします。

共同体の一員として、自分は自分の役割と責任を果たせることができる。「はい」とそれに続く行動は、あなたの心の表現です。呼ばれたら元気の良い返事して、自分の気持ちを相手に届けます。「はい」のひとことが、相手に、安心を与え、元気にします。相手に、安心を与え、元気にすることで、あなたはもっと大きな安心と元気を獲得します。

「はい!」・・・たった2文字の魔法の言葉です。

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整理整頓はコミュニケーションスキル



 机の上は書類の山 、郵便物も大きな固まりになって目に付きます。段ボールの箱にも資料がいっぱい。よく見る光景、よくある悩みです。

性格と技術が丸裸になった光景です。どう考えるかも人それぞれ。

整理整頓をしても、どうせまた散らかるという理由で、整頓しないのも合理的と判断した人もいます。同じ理由で、家庭でも足の踏み場がないというケースもあります。 しかし、また汚れるという理由で風呂に入らないとしたら、理由にはなりません。
伝票がちらかり、書類の行方不明も多い事務所では、書類探しに使う時間もストレスも多くなります。やっぱり「ストレスのないやり方」に軍配があがります。

 整理整頓は非生産的な時間ではなく、攻撃的な次の準備、生産的な時間なのです。さらに整理整頓はコミュニケーションスキルなのです。 すべての仕事は因果関係があります。10人いれば100のコミュニケーションがあります。黙々と励む整理整頓は個人的なものに見えますが、実は違います。ストレスの多い事務所に生じる
時間と神経のムダ遣いは、同僚、上司にも悪影響と負のスパイラルを与えているものです。気がつかなくても自分が周囲のストレス源になっていることもあります。

整理整頓は書類の行方不明や間違いをなくすだけでなく、目に見えないイライラや衝突を減らします。落ち着いた環境は、落ち着いた自分を作り、他の人への励ましになります。

整理整頓はなれると簡単、帰る5分前の時間の使い方でいつもスッキリを実現します。後始末ではなく、始まりの準備と考えたらどうでしょう。BE COOL! 帰る5分前は、明日のスタートダッシュの準備をする時間帯。「ストレスのないやり方」をぜひ習慣にしましょう。

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失敗力



 失敗力とは、失敗をいかす力、ライフスキルでいう創造的思考スキルです。

熱意を持って取り組んでもうまくいかない場合があります。努力しても、しても、成果が乏しく無駄に感じたりする場合があります。
本当にこんなことに集中してムダにならないのか、不安が恐怖に変わっていきます。



 上のグラフは、努力と成果のバランスを表したものですが、最初は努力に比例して一定の成果が出ます。ところが初歩の段階を越えると難易度が高くなるので、努力に対して目に見えた成果が表れなくなります。努力しても成果がないと感じるようになります。本当はムダになっていないのですが、著しい変化がないのでムダに感じます。

グラフの 「努力と成果のギャップ」が不安の大きさです。ほとんどの人がこの不安にやられてしまいます。貴重な時間を使っているので無理ありませんが、感情的にならずに、自分と状況を客観的に観察して否定的にとらえないことが大事です。

やってもやってもうまくいかない。・・・・
言い方を変えると成功に近づいているともいえます。


▼次の図のように、マネジメントサイクルを使えば、失敗は、次の作戦の基礎になります。



 マネジメントサイクルのプロセスの確認と反省の間で行う「観る→なぜ?→どうする?(観察→分析→判断)」こそ、物事に取り組んだときの醍醐味です。

「目的」→「目標」→「計画」→「実行」→「観る(観察)」→「なぜ?(分析)」→「どうする?(判断)」→「計画」→「実行」を繰り返す楽しみを身につけて、習慣化しないものです。

失敗するひとはなぜ失敗するのか?
失敗したところでやめてしまうからです。失敗は、使い方で宝物になります。

次の図で判るように、失敗は「確認」作業なのです。
そこで確認を反省に発展させて、計画に仕上げる。すると同じ間違いはしなくなります。それだけ一歩成功に近づいたことを意味します。

ただし、これにはちょっと秘訣があります。
「どうしたらうまくいくのだろうか?」という疑問と挑戦を持つ事です。その関心が計画作りに発展して、さらに計画に則ってやることになります。

計画というと難しく思うかも知れませんが、要するに「計画」とは、段取りです。
計画と目標を混同して使う人がいますが、全然違うので気をつけてください。
計画は目標を達成するための手段です。「計画」とは、段取りなのです。

計画があれば、計画と行動の結果の食い違いに、さらに関心を持つようになります。
この食い違いを探求する気持ちが粘りになります。これがマネジメントサイクルの基本です。

 マネジメントサイクルというとなんだか特別なことをしているようですが、そんなことはありません。目標達成を上手にやれる人なら、マネジメントなんて言葉を知らなくても自然にしていることです。そのやり方を真似したら、誰でも同じようにやれることを説明するために論理的に整理したのがマネジメントサイクルなのです

もし、計画がなければ、どこが間違っていたのか、なぜうまくできたのか、検証ができなくなります。毎回毎回一から考えるムダが生じます。そのムダは「努力と成果のギャップ」という不安のもとなのです。毎回一から考える手間と不安はメンタル面で大きなストレスになり、あきらめる原因になります。

 うまくできないからあきらめるというより、「面倒くさい」感じに引っ張られてしまうのです。だから自分では、やり方を変えればできるんだろうなという感触だけが残る。それがもっとも厄介なのです。
自分は最後までやりきれない人間だというレッテルを自分で貼ってしまうのです。でもそれは認めたくないので、周囲の人から言われたくない。そこで失敗する可能性のあることには触れようとしなくなります。

インスタントラーメン一杯作るにしても湯加減の失敗があったりするのが普通なのですから、失敗する可能性のないことなんてなにもない。
失敗を恐れて消極的な人にならないように、果敢に挑戦しましょう。

失敗を単なる失敗にしないように必ず守る鉄則があります。
失敗したところでやめてしまう、あるいは失敗から反省に発展させて、計画するまで時間がかかりすぎると、状況が変わって失敗が役に立たなくなります。

自分に誠実に率直に、やるべきことはやりながら・・・目標をもって、計画を立てて、行動する・・・そこで失敗したら、迅速に反省(作戦の変更)をして、迅速に行動する・・・・この繰り返しを成功するまであきらめずにやり続ける力・・・それが失敗力です。

失敗に強い人は、とても合理的な人なのです。

マートワン
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2010年3月21日日曜日

自主自立の第一歩は目標設定



 「目標」がないとどこに向かって自分を飛ばしていいのか、分からないので、モチベーションが高くならないのは当たり前です。

だから目標設定は重要ですが、会社や学校、あるいは世の中の仕組みでもって、半ば強制的に目標を持たざるを得ない場合は別にして、なんでもいいから自分で目標定めて頑張れと言われると、喜びよりも困ってしまうことが少なくありません。

たとえば学校に行くうちは、周囲からあれこれ目標を設定されます。それを嫌って不登校などしていると、自分で目標を定めないと誰も与えてくれなくなります。
そうすると、自由はいいけど、どんな目標を持っていいのか、決められなくなります。
つまり学校に行っても、行かなくても依存的なのです。自立心から学校へ行かないひともいるけど、ほとんどはそうではない。依存的とは実は従属的ということです。たいていの場合、態度は反対ですけどね。従属的とは自分で物事を決められない。だから自分の内でどうしようもできない混乱が起こります。でも世の中はどんどん個人の価値観を優先する社会に変化しています。自分で自分のことをケアできないひとは置いていかれます。

いまの日本はそういう時代です。結構、なんでも好きなようにすることができる。でもその好きって単なる瞬間的なわがままの積み重ねでしかなく。いざ自分で目標を決めて生きて行くとなると、それができない。
それができないから、テキトーにカッコいい仕事を目標として口走るけど、実際には追求していない。だからその仕事に就けないので、とりあえずアルバイトでしのいで行く。
それが常習化していくと、世間の方でも場当たり的な対応しなくなる。その背景には、自分で自分の目標が決められないという切実があります。
時には、考えただけでイヤになることもあります。

「目標設定」というテーマの正体は、「個人の自由」という命題と向かい合っています。
だからこそライフスキルのひとつとして目標設定スキルは重要視されています。

目標設定は、なんでもいいのですが、決められないのは、なにをするかよりも、自分を解き放とうとしない、放てない苦悩があります。放った途端、どうなるか判らない不安と恐怖。
実感はともかく、誰かに束縛されているわけでもなく、自分が解き放たない。

そんなとき、自身は目標を設定できない理由をあげます。

しかし持ち出してくる理由は、 自分の脚に重石をつけるような行為である場合が少なくない。つまり、自分で飛び立てないようにしているのです。
そのもっとも顕著な構文が、「たしかに○○○○、しかし○○○○、もし○○○○」で構成した否定あるいは否認のメッセージなのです。
この構文を使う限り行動は起こりません。

この行為を自分の意図だと思っているひとは少ない。
「しかし」と「もし」 を使って、その原因を周囲のせい、自分が属している共同体のせいにする。場合によって自分は無力、非力を訴える。

なにをするにしても制約もあり、条件がついてくる。その意味では周囲との折り合いが必要だけど、目標設定の段階ではフリーです。だからほとんどのひとは自分以外のせいにすることはできないはぜです。
だれも心に想うことは止められません。心に想っても、実際に実現できない目標なんか意味がないと想うかも知れません。でも、そうでしょうか?そこで人間の幸福って、本当に一体なにかが問題になります。
したいことを選んだら、したいことに自分の行動をあわせるしかありません。
目標や自分の行動に、したいことをあわせることも、周囲のひとを合わせることもできません。ひたすら、ひたすら、したいことに自分の行動をあわせます。そこで起こるプロセスそのものが人にとっての幸福なのです。



それには、自分を周囲のひとに合わせて、自分のしたくないことを目標にしないことです。自分を周囲のひとに合わせて、自分の自由を失っていると、感情処理がうまくできません。本当のことを言うなら、 感情処理をうまくできないようにするために、自分を周囲にあわせていると、自分の自由はなくなります。
感情処理をうまくしないとどうなるか。考えなくてもいいことを考えるようになります。すると時間がどんどん失われて行きます。この状態がそのときには楽なのです。

たとえば他人がジムで汗流しているときに、ゴロ寝。他人が試験勉強しているときに、漫才みて笑っています。それが好きなら好きで。自分の価値観だからいいのです。でも、それで幸福になれるのかどうか。お金のことを言うのではない。他者の自分への評価を言うのでもない。自分が本当にそれで幸福なのかどうか。

ところが、それでもいいと想う人がたくさんいます。自分の自由がなくなると安心することもあるからです。そして、自分の選択なのに、周囲のせいにして暮らす。だからいつもプンプン、感情的に判断して、感情的に選択して、感情的に生きて行く。
でも。実体がないから、自尊感情は低いままになります。
尊敬ではなく、人に好かれることで、その穴埋めをしようとする。すると周囲の顔色を伺うようなことになる。人気が気になる。意識はともかく従属的になる。それが不満になるので表向きとは反対に支配的になる。自分を引き裂くように内と外が違ってきて、自分の内に混乱が深まります。

学校の先生でも、尊敬されるより人気があることが重要視します。嫌われても尊敬される先生でいたいと気骨のあるひとはどんどん減って行く。会社でも家庭でも同じ。


安全への欲求はものすごく強い。それが人間です。だから、それを恥ずかしく考えることはない。でも安心と引換に失うものは大きすぎます。

自尊心を失ったら、なんのための安全・安心かということにもなります。なにを目標にするかはどうでもいい。自分がやりたいことを選べばいい。達成できなくてもいい。重要なのは自分が、いまこの瞬間、集中できるかどうかです。
目標設定ができない、したくない背景に、 感情処理の問題が絡んでいます。つまり目標設定しないことが感情的な行動なのです。

感情に預けなければ、目標設定は難しくない。達成のプロセスで間違ってもやり直せばいいことですから、うまくいかないことも問題ではない。

それでもなかなかできないのは、本来感情とは無関係なことを、つまり考えても仕方のないことの範囲に目標設定を預けてしまうからです。

たとえば、自分は朝6時にジムに行って、9時までに机に向かいます。
朝、起床したときに、なにも考えずにジムに向かいます。 考えたら、つまり感情に預けると、面倒くさい、ああイヤだと考えてしまうからです。だから考えずに、ジムまで行き、やるしかない状況に置いて、そこで身体動かし出すと、気持ちよくなり、机に向かったときには爽快感があります。ジムに行けば洗濯物も増えて、またユーウツが増えるけれど、やはり感情に預けないようにして洗濯だって毎日します。こうして 自分の弱点とつきあいながらメタボ対策をなんとか継続している。


目標設定も、それと同じだと思いますし、誰がやるのかを抜きにした計画はあり得ない。

自分の人生の主人公は自分だから、自分の目標を設定するときは、周囲のひとや、会社のことは無視しましょう。先々を考え過ぎて、できるかできないかも考えないことです。
できるから選ぶではなく、したいことを選ぶ。

たとえばケーキを作るでもいいし、資格をとるでもいい。「ケーキづくりは好きではないけど、こどものために作ってあげたい」・・・この発想は×です。
「こどもの笑顔がうれしいから、おいしいケーキが作れるようになりたい」・・・これは○ですね。似ているけど全然違うでしょう。資格も同じ。
「自分としてはあんまりだけど、会社の仕事に役に立つから」は×
「会社の仕事には効果ないけど、自分が興味あるから」は○
あるいは「会社の仕事に役立つので自分としてはどうしてもとりたい」は○

したいことを選んだら、したいことに自分の行動をあわせるしかありません。目標や自分の行動に、したいことをあわせることも、周囲のひとを合わせることもできません。ひたすら、ひたすら、したいことに自分の行動をあわせます。
ここで気をつけたいのは、自分を周囲のひとに合わせて、自分の自由を失っていると、感情処理がうまくできません。感情処理がうまくできないように、自分を周囲にあわせていると、自分の自由はなくなります。自分の自由がなくなると安心することもあります。
でもその安心と引換に自尊心を弱めてしまいます。小さな安心と引換に失うものの方が大きい。虎に追いかけられた猿が逃げ込む木を選ぶ余裕を失うのと同じ状況になっているからです。



だから、おすすめは、感情処理をうまくするためにも自分の自由を優先します。自分の自由を認めることは、周囲のひとの自由も認めるということです。誰にとっても24時間しかありません。ひとりひとりの24時間を大切に使うには、男だから、女だから、こどもだからと値引きせずに、相手に届くように伝えるようにします。それでも、どうしても無理なことがあります。その場合は我慢ではなく、それを受け入れます。お互いにそうです。自分の自由、周囲の自由を否定しないようにします。
目標設定ができる。それは自主自立の第一歩なのです。


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iPadで新聞、本を毎日読む



 ある日、アメリカ、コロラドの早朝、スターバックスで朝食をしていたら、初老のビジネスマンが丸太ほどの新聞のかたまりを小脇に抱えてやってきました。

コーヒーを手にすると抱えていた新聞の束をバサッとテーブルにおいて、青空の下で順番に読み出しました。多分、彼の毎日のスタイルなのでしょう。

スターバックスのコンセプトである第三の部屋にぴったりで、コーヒーもおいしそうです。

 iPadを見ても分かるように、日進月歩といって世の中は毎日変化しています。

変わらずに昔から続いていることがたくさんあって、その上に新しいことが毎日のように起ってきます。

どうでもいいこともたくさんありますが、大事なこともたくさんあります。それらを知っているか、知らないかは、大きな力の差になります。これも一度に知るわけではなく毎日の積み重ねです。

まず基本的な情報を集めるために、新聞を読むことをおすすめします。

一般紙と経済紙は、みんなが言うようにやっぱり当たり前です。さらに業界紙も読むようにしたらいいでしょう。

自分の感性がピピッと働いた関心のある 記事は切り抜いて、あとで読み返せるように自分のスタイルでスクラップしておくことをおすすめします。それを続けていくと感性は磨かれていきます。

自分のスタイルでというのは、スクラップってメモ帳みたいなものですから、肩肘はらずにメモ帳感覚で使えばいいのです。

スクラップにはいろいろな方法がありますが、肩肘張ると長続きしないようです。

おおまかな分類で十分です。細かいと逆に混乱して不便です。ノートでいいので貼りつけておきましょう。

新聞情報、雑誌、書籍を使うことで、数字や事実の裏づけのある報告や提案ができます。お客さまとの話題も豊富になりますし、説得力も増します。

・切り取った記事をスクラップブックに貼る
・重要なところに傍線を引きます。
・そのとき気になったことをコメントとして書き入れておく
・いつ関心を持った日付を書き入れておく
・関心をもった動機もメモしておく
・付箋をつけておくと、目的のぺージがすぐに探せて便利

こうしておくとスクラップする作業によって、読み返すまでもないくらいに、記憶も強くなったりします。

 雑誌が多い日本では、表面的な情報で満足してしまいがちです。テレビの情報も有効ですが、語学その他の講座とかを別にすると、やはり表面的な情報が大半です。

しかしそれでは雑談には使えても、仕事では使いものにならないのがほとんどです。

 仕事で本当に使える知識を獲得するには、集中的な情報収集を行なうことが欠かせません。雑誌やテレビの情報は、情報の入口、キッカケとして利用するのが望ましいでしょう。インターネットによる情報はその信憑性に注意しながら活用したらいいでしょう。

やはり、しっかりした情報を吸収しようとしたら、理解したいテーマの関連本の三、四冊は読みたいものです。少なくとも専門的な知識を獲得するには最低の学習です。

 アメリカでは、日本のような雑誌による情報がすくないのと、学生時代からの学習スタイルとで、どちらかというと自分で専門書を読んで情報を集めていくのが一般的です。

時間はかかりますが、うわべの情報ではなく、奥深く専門的なレベルで知ることができます。おかげでムダ遣いしないですむ効用もあります。是非そのスタイルを自分のものにしたいものです。これは慣れの問題です。

そうすると自分で考えることができるようになります。知識、情報はただ知っているだけでは価値は半減以下です。自分で考えるときに使えてこそ価値があります。

すると、雑誌、テレビ、新聞の情報も鵜呑みにしなくなります。書かれていないことも読めるようになります。そのためにも、新聞、本は、必ず毎日読むがルール。
新聞も売れ行きが落ちています。時代はiPadの時代です。iPadの便利な技術を使いこなして読む習慣を考える習慣にステップアップして続けます。

新聞、本を毎日読む習慣を、iPadで考える習慣にステップアップする時代です。


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考える力


 上司から言われる前に準備する、必要な行動が出来る人は上司の強い味方になります。
そういう人にはある特長があります。

ある程度、仕事の全体像が見渡せて、予測できる能力です。
このような能力は、どうすれば身につくのでしょうか?
またこの能力があるとどんないい ことがあるのでしょうか?

仕事の全体像が見渡せて、予測できる能力を身につけるには、まずチームワークを強く意識することです。チーム ワークは役割を分担して仕事することですが、役割だけを果たせばいいと考えるのは早計です。

あるパートには他のパートと因果関係がありま す。因果関係がこじれないように自分の役割を全うする。チームワークの前提です。

仕事は刻々と動いているものです。自分だけが動けばいい のではなく、全体が動いているので、自分の役割を全うするには、全体の動きに順応する力が必要になります。全体の動きに順応しようとするには全体を見渡す 能力が必要です。先を読む能力は全体を見渡す能力があるから育ちます。先を読む能力があるから順応でき、順応できるから、自分の役割を果たせます。

で すから、言われるままに、動いているだけでは、何度言ってもマスターしないと言われてしまいます。自分としては言われようにやっているのに、なぜ不満に思 われるのか不思議に思うかも知れませんが、それは「仕事は刻一刻変化し続けている」ことを忘れているからです。

全体を見渡す能力を身に つけるにはコツがあります。
指示待ちではなく、”自分が指示する立場なら”という目で物事を見る目を持つようにします。この訓練は、いつでもでき るのです。

たとえば、新聞の折込チラシがたくさん入っています。ひとつひとつ、自分ならこんな表現にするのにと考えることができます。同 じように通勤電車の中なら、中吊り広告がたくさん掲載されています。ここでも訓練できます。テレビのCMでも同じです。考える力を育むチャンスはいっぱい あります。しかし、他人事として考えていたのでは、自分の視野は広がりません。考える力が身につかないということです。

そんな人が本を読 んでも、単語は記憶できても、文章の意味は理解できません。決して理解できないわけではないのですが、考える習慣を身につけていないので、理解できなくな ります。

何事においても自分の問題として考えると、考える力と併せて想像力が強化されるようになります。

言われなくても できる人は、任せられるようになります。
言ったらできる人は、頼りになります。
言われたときだけ出来る人は、頼りになりません。
言 われてもできない人は、使いものになりません。

真面目にやれば、言われてもできないようなことはありません。
ひたすら訓練をした ら、言われたら出来るようになります。
経験を重ねればさっさとできるようになります。
言われなくてもできるようになるには、どうしたらで きるでしょうか?
言われなくてもできるようになるには、自分の態度次第なのです。

さて、どの技術を身につけようとしますか?
決 めるのは「指示」ではありません。自分の選択と行動です。

合格点



学校の成績が悪くても、職場ではいい成績を残している人がたくさんいます。学校の成績と、職場の成績は、似ているようでもまったく別のものだからです。

どう違うのでしょうか?

学校では、正しい答えを知っていれば良い成績がとれました。

職場では、正しい答えを知っているだけでは、ダメです。社会では考えとして持っていてもダメなのです。行動しないとダメなのです。実行してこそ評価に値します。

ですから、学校の成績が良くても、職場でいい成績を残せるとは限らないのです。職場でいい成績を残している人は行動する人です。

プロ野球ならどうでしょうか?
バッターボックスに立った打者は、投手の投げるボールを打たなければなりません。
どんなに立派な理論を言っても、打てなければ良い評価を得ることはできません。
打って走って塁に出て、点を取ってこそ評価されるのです。

歌手でもそうです。
楽譜は読めないけれど、心に響く歌を歌う歌手がいます。歌ってこそ仕事なのです。

仕事の上で知識、理論はとっても大切ですが、それでも結果を出さないと、知識、理論の豊富さは意味がありません。知識や理論は乏しくても行動の豊富さで結果を出す方が評価されます。知識を行動に生かして、豊かな結果を出してこそ、知識は評価されます。知識だけがどんなに豊富でも意味がないのです。

よくお店なんかで、顔は他を向いたまま「いらっしゃいませ」と言う人がいます。

どうしてもムリと言う場合は別して、顔を向けましょう。顔は他を向いたまま「いらっしゃいませ」は真似事のようで寂しいものです。挨拶の言葉を知っていても、お客さまに「笑顔」で挨拶できないと、その知識に意味はありません。

実行することがすべてなのです。

社会では、実行することで評価されることを忘れないでください。合格点は行動したかどうかです。

ですから合格点はよくできましたのレベルではなく、最低の基準でしかありません。

行動することで、素敵さがどんどんピカピカ輝くようになります。

「もし・・・・だったら、やれるのに」という人がいます。「もし、問題がなければ、やれるのに、問題があるからできません」という意味です。とっても不幸な言葉です。なぜなら、自分が失敗しそうなこと、優越感を味わえないことは避けているのです。

無意味な競争的な態度から出てくるのです。競争的と言うと、まともにぶつかって競争するのかと思うかもしれませんが、そうではなく、逃げるのです。

逃げている限り、負けません。逃げたことがばれないようにする言い方が「もし・・・・だったら、やれるのに」なのです。合格点をキープするつもりでしょうが、これは最低ラインにも、到達しない言葉です。

だけど、自分が優越感を味わえないことはしないのは、不自然です。失敗はいつでも、誰にでもあることだからです。問題があれば失敗する可能性があります。

だからこそ、失敗しないようにするためには、どうしたらいいのかを考える機会が生まれます。そこで考えて実行してみる。

失敗するかもしれないけれど、失敗するから一歩前進できます。次はこうしてみようと絞り込めるからです。

人は誰でも優越感を味わいたい生き物です。だからといってそれにこだわり過ぎていたら、失敗が気になって何もできなくなります。

考えてばかり、知っているだけじゃ、行動はできません。行動しなければ失敗はありませんが、それが社会では最大の失敗です。

 では、なぜ学校は知っているだけで、高い評価が得られたのでしょうか?

学校は、正しい判断が出来る力を身につける場所だからです。

親がする子育ても同じです。

子育てというのは、“成人させればいい”ってものではありません。こどもが成人して、社会生活を送って行く上で、正しい判断ができる力を身につけさせるのが「子育て」です。だから親はこどもに、学校の成績以上に、マナーやエチケットをうるさく繰り返し言って身につけさせる。社会生活しないとダメだからです。

ところが最近、親がそういうこと教えません。あるいは軽視している。だから顔は他を向いたまま「いらっしゃいませ」と言うような人が増えています。

でも失礼なことだと思っていない。知らないからです。知っていても、「まあ、いいか」ですませてしまう。「まあ、いいか」ですませてしまう判断をしているわけです。

 その程度の判断力ですませてしまう。でも、自分が正しい行動してなくても、優越感は持ちたいですから、競争的になって、正しい行動ができそうでないことは、どんどん避ける。そのときの実行を遮断する言葉が「もし・・・・だったら、やれるのに」です。そんなことそしていたら、自信がなくなる一方です。これではどんどん神経症になってしまう。

まず実行しましょう。自分を信じて実行しましょう。実行すれば、現実が「答え」を返してくれます。失敗は悪いことではありません。その答えに耳を傾け、次にどうしたらいいのか、自分に備わった力が現実に向かって行きます。自分の力を信じることが始まりなのです。小さな失敗をいっぱいして、乗り越える方法を考え、乗り越えるから自分を信じるようになります。

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想像力




株をする人は、なぜするのでしょうか?
反対に株をしない人は、なぜするのでしょう?

株をしない人 は、お金があるから株をするのだろうと考えているようです。
反対に、株をする人は、お金がないから株をするという人も少なくありません。

株 をする人はお金を儲かるからすると言います
株をしない人は、お金を損するからしないと言います。

どちらが正しいのでしょうか?
お 金が儲かるという意見も、お金を損するという意見も、両方とも正しいのです。

両方とも正しいので迷います。算数のように明確な答がないの で分かりません。損をするという人が多いにも関わらず、お金が儲かる人という人はどうしてそれが可能になるのでしょうか?

そう質問すると みなさんの答えでは、「努力するから」というのが圧倒的に多く返ってきます。
ではどうして努力できるのでしょうか?

一体何だと思 いますか?
想像の力です。

想像が、がんばろうという意志をリードして、努力させ続けます。
正確には想像に引っ張られてい るので、努力している意識はあまりないようですが。

お金を損すると考える人は、損することばかりに意識が働き、努力もそこそこになりがち です。
決してなまけものでもないし、努力が嫌いということでもありません。
意志よりも強い想像の力のせいで、想像したような状態が起こる と、意志の力が働かなくなってしまうのです。「やっぱりな」と早々に納得してしまいます。
自分のなかで完結してしまいます。

後は 「やっぱりな」と感じたことをより強化するために、結果に合った理屈を並べて、「やっぱりな」を正当化してしまいます。思い込みに後づけで理由をつけてい るのです。


タバコをやめられないのと全く同じシステムです。
「自分にはできそうにない」という想像が意志を砕くのです。
で すから、一時アメリカで「タバコをやめられないようなことでは、何もできない」といわれたのものでした。


株でお金が儲かると想像 する人は、努力が苦になりません。
決して特別に意志が強いというわけではないのですが、想像が意志にどんどんエネルギーを注入してくれるので、意 志が続くのです。
やっている本人は無我夢中なだけですが、他者には意思が強いと見えてしまいます。
他者は、私にはあんな真似はできそうに ないと思うのです。

一般に持続力と呼んでいるのは、これのことです。
意志が続くと逆境も失敗も乗り越えやすくなるばかりか、おか げで学習が進むのです。


 心にしっかりと留めておきたい重要なことがあります。
想像は現実ではないということです。それ は誰でも知っています。しかし想像が現実を作っていることは、意識されていません。想像は現実ではありませんが、現実は想像の産物なのです。

た とえば株は儲かると考える人も、損をすると考える人も、どちらも最初は未経験です。想像はいつも未経験の状態に起こります。

想像するに は、ある程度の知識、情報が必要です。知識、情報がないと想像はできません。だけど、同じ情報、知識をもっていても同じ想像するわけではありません。
想 像は、個人の内で起こる、とっても個人的なもので、個人の考えが反映されます。
個人の考えが間違っていると怖いのです。

たとえ ば、タバコの害は広く知られています。にもかかわらず「やめたいけれど、やめられない」という人と、「やめたいならやめられる」と想像する人がいるでしょ う?それと同じで、同じ情報を持っていても、個人によって想像の内容は違います。

 想像は個人が決めていることなのです。個人が自由にど のようにでもできるのです。想像は、その人個人がするものなので、この領域には誰も入り込めません。
その上、想像が現実を作っているとなると、現 実は個人が意図したようになっているといっても過言ではないのです。

「現実は個人の思い通りになっている」ということです!


  想像がどうして現実を作っているのか、信じられない方も多いと思いますが、少し考えたらとっても分かりやすいことです。

想像は、いい結果 の想像であれ、悪い結果の想像であれ、どちらもまだ起こっていないことなので、現実ではありません。実際にはやってみないと分からないのです。

し かし、想像によって、結果を決めつけてしまいます。想像、つまり勝手に描いた結果が意志をリードし続けてしまいます。悪い想像をした場合には、これが厄介 なのです。

余程強靭な精神な持ち主でない限り、希望もないのにがんばることはできません。
勇気がどんどんなくなってしまいます。

意 志は絶対に想像に負けます。想像は意志より絶対強いのです。「絶対」という単語はなかなか使えないものですが、この場合は使って間違いないと思います。

だ から想像に反して、意志でどうにかしようとすればするほど、自信喪失になるばかりで、なにもいいことはありません。
「自分にはできそうにない」と 想像しているにもかかわらず意志を強くして「頑張らなきゃ」と思って取り組んでも続きません。自信がなくなるばかり、あげくは自己嫌悪になります。結局、 「自分にはできそうにない」という思いだけが強化されてしまいます。悪い想像から始まる悪循環からなかなか脱出できないのですよね。



で も、私たちは、どんな想像をすることもできます。
想像は現実ではないので、なんでもありです。想像することには、誰も介入できないし、どんな想像 を下そうが、それも本人が決めているのです。これが手助けできない要因にもなるのです。


タバコやめるのと同じ仕組みですから、本 当は簡単なのです。
日本ではまだ喫煙者が多いですが、欧米なんかものスゴイ勢いで嫌煙者に変わったこと思うと脱出はそんなに難しくないです。

た とえば、店を出店したいと考えます。儲かると想像するのも、失敗すると想像するのも、本人の決定なのです。


だからうまくいかない ことを想像して、行動して、実際にうまくいかない場合に「やっぱりな」と思う。
そのプロセスを「現実は厳しい」といいますが、その現実は、その人 が全部作り出したことなのです。

ですから、うまくいくことを想像して、行動して、実際には多くの苦難に出会っても、うまくいくと信じて乗 り越えて、「やっぱりできた」と思う。
そのプロセス、つまり現実ですが、それもやっぱり、その本人が全部作り出したことなのです。

想 像は現実ではありませんが、現実は想像の産物であることに留意してください。


想像が行動をつくり、行動が結果を生みます。
こ の一連のプロセスを「経験」と呼んでいるわけです。この経験こそが現実なのですが、現実は、想像の産物でしかないということになります。


悪 い想像ばかりする人を変えようとしたら一体どうしたらいいのでしょうか?
過去の情報を書き換えるしかありませんが、終わったものを書き換えること はできません。できることは新しい情報を入手して、いい想像をするしかありません。

ここで葛藤が起こります。
本人は悪い情報しか 持たない。周囲の人はなんとかいい情報をインプットしてあげたいと思う。
悲しいことに、水と油みたいになかなか混じりません。
その上、い やなこと、怖いことには、防衛本能が働きます。
本能ですから強いです。
理屈は分かっても、自分への不信感からなかなか受け付けません。

し かしいまでは身を守るどころか、それが自分を苦しめる一番の凶器になっている場合が多いのです。残念ながら本人は気がつかない場合が多いのです。本人が新 しい情報も経験も拒絶しまくるから、情報が入りません。


人の成長に秘訣はそこにあります。
いい想像が働くと想像が意志を リードしますので、本人を励まし続けます。



セールストークが苦手で、考えるのもいやと考える人は、もうそこで終わってし まいます。
先に述べたように、「苦手」という判断は自分が勝手に作った妄想なのですよね。現実ではありません。
それなのに、そう思ってし まうのは、ほとんどの人が必要とする努力をしないからですが、努力する気がなくなるのは、妄想に振り回されているからなのです。
「うまくできそう にない」という想像が意欲を奪います。

努力がすごくつらく感じるとしたら、悪い結果を想像していないかチェックしてみてください。いい結 果を想像していたら、努力できます。
なぜ努力できるかというと努力している感じがないからです。
自分でも知らない間に努力しているので す。
後から振り返って「考えたら自分は努力したな」と思う、そんな感じがほとんどです。

だから努力しなければ、がんばらなければ なんて言っている内は、うまくいかないものです。
うまくいかない最大の原因は「うまくいかない」と思っているからです。

そういう ふうに整理していくと、自分の思い通りになるのだということがだんだん分かってくるでしょう。

自分の思い通りになるはずがないと、普通は そう思うし、それが一般的だと思います。
しかし、そう思うのも自分の判断だし、そう思わないのも自分の判断なのです。
つまりすべては自分 が決めているのです。


想像が結果を作りますから、目標を持ってやることはすごく大事なのですよね。

分ったふりが将来を食いつぶす



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 人の話を聞くときに、やってはいけないことがあります。

 理解ができていないのに、質問もせずに分ったふりをしたり、一部が理解できただけなのに、確認もせずに分りましたと返事したり、あるいは全体がわかったように早合点して、途中で口をはさんで、自分が話したりすることです。本当は何もわかっていないのに、あたかも知っているように、返事をする、口をはさむ、いわゆる知ったかぶりもやめましょう。相手にはお見通しです。

 物事を知らないことで、大きく信用を失うことはありません。信用を失うのは、分ったふりをした場合のほうが多いのです。経験を重ねた一流の人は、知らないことを決して恥ずかしがりません。人が獲得する知識の量など、この世界のほんのひとつまみでしかないことを知っています。

 それなのに、つい知ったかぶりをするのはなぜでしょう。こんなことを知らないのは恥ずかしいと思うからです。この世界のほんのひとつまみも知らないと自己卑下していることもあるでしょう。自分で自分を信用していないのです。自分を否定的にとらえているからです。経験豊富な人が、知らないことを恥ずかしいと思わないのは、自分を信用しているからです。

勉強不足は反省して身につける努力が必要です。知らないのは恥ずかしいと思う人ほど、自分を責めはしても、反省をしません。責めることを反省と思っているようですが、それは違います。いくら責めても理解できることはありません。

反省は、ああ自分はここができていないんだ。それを克服しようと目標にして行動することです。反省は行動するための確認作業なのです。責めるのは、「ああ自分はこんなこともできていないんだ。ダメな奴だ。」これが責めている状態です。行動は何もありません。考えているだけです。考えているだけでは反省にはなりません。反省は行動なのです。

必要なのは行動なのです。
反省はそのためなのです。

ことにもよりますが、行動はすぐに起すのが最善です。知らないことは謙虚な姿勢でたずねることが大切なのです。分らないことは、すぐにその場でタイミングを見計らって質問すればいいのです。それが謙虚な姿勢です。

責めるのは、ああ自分はこんなこともできていないんだ。ダメな奴だ。と考えているだけの状態です。行動しないのは、人間にとってもっとも傲慢な態度です。

セールスするにしても、「よく売る人は上手に話すのだろうな」と考えてばかりで、実行しません。訪問件数などもすごく少ない。実際、トップセールスマンと言われるような人のなかに、立て板に水を流すように話す人はいません。

整然と説得力のある話し方をする人も、多くの方が想像するほどいません。どちらかというと口下手な人が少なくないのです。そんな人がどうしているか見ていると、お客様の話を聞きだし、ほとんどお客様にしゃべらせています。お客さまの心情を考慮して、お客さまにメリットが生じるように真面目に考え説明しています。

売れないセールスマンほど、商品のことばかり話して、お客様の話をあまり熱心に聞いていません。自分の感情に関心が行ってしまってお客さまのメリットを考えないのです。お客様の二ーズやお客様の気持ちがわかっていないのですから、買ってもらえなくて当然です。ところが、そういうセールスマンに限って、自分がなぜ断られたのか、本当の理由がわかっていません。

売れた場合も同じです。売った本人が売れた本当の理由を知らないのです。買ってもらうためには、まずお客様のことを正しく知ること、そのためにはお客様の話を聞くことです。


 なんのために聞くのでしょうか?お客さまの気持ちや考えを知るためにです。売るため、つまり行動するためには、お客さまの気持ちや考えがないと押し売りになります。お客さまが、より安心に、より便利に、より快適になるように、考えて行動するのです。同じく人の話しを聞く時は、自分が理解することを念頭に置いて聞かないと、聞いている意味がないのです、

なぜ、自分が理解することを念頭に置いて聞くかというと、自分が行動するためにです。
ですから、逆に人に話すときは、相手が分るように具体的に熱意をもって話さないといけません。そうでないと相手が行動できないからです。つまりお客さまなら買えないのです。

部下なら動けないのです。上司なら援助してやれないのです。つまりコミュニケーションは、両者が分り合おうという態度があってこそ成り立つのです。片方が「分らないけど、まあ、いいか」では行動する気がないのと同じですので、コミュニケーションにはならないのです。すべては行動するためにしていることです。

行動しないのに、人の話しを聞いても、本を読んでも、報告書や計画書を書いても、意味がありません。もっと分りやすく言うと、行動しないのに、存在していても意味がないということです。生きながらにして、すでに死んでいるということです。

人の話を聞くことこそ、価値ある情報を収集する秘訣なのです。知ったかぶりをせずに話を聞きましょう。自分が話すのではなく相手に話させましょう。

必要な行動を起すためにです。
恥ずかしいとか、バカに思われないかと詮索する次元のことではないのです。

ここで説明したことを理解していただくと、さらに重要なポイントが見えてきます。
少し難解かも知れませんが、よく考えていただくと理解できると思います。この世界で自分が起す行動のすべては、実は人のためなのです。
それが自分のためなのです。

この仕組みが分っていたら、知ったかぶりがいかに愚かなことか、よく分ります。
責めるばかりで反省しないのが、いかに馬鹿げた行為なのか分ります。

この世界で自分がすることは自分のためだと誤認している限り、見栄や体裁で自爆して自分を苦しめるだけかも知れません。行動することが生きていることなのに、「分らないから聞くのが恥ずかしい」という考え、行為こそ、恥ずかしい行為です。

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