2011年6月30日木曜日
ライフスキルとゴールデンルール そして マイ・プロジェクト
働き方は生き方
仕事は人生と表裏一体だから働き方は生き方と表裏一体です。自分の代わりを誰かに頼めるわけではないので、自分の働き方は自分の仕事そのものになって表れます。だからみんなかたつむりみたいなものです。
仕事ができても人格、人生が破綻していたら何にもならない。
逆もそうだと思います。でも最近はそういう人が目立ちませんか?
ぐらつくのはライフスキルが危うくなっているからだとも言えます。
ライフスキルとは世界保健機構(WHO)が定めた、「人が健全かつ幸福に暮らすために必要なスキル」のこと。
ライフスキルを育むために欠かせないスタイル、つまり働き方、遊び方、生き方そのものである「ゴールデンルール」の具体的な実践方法を中心にご説明、提案したいと思います。
まずなぜゴールデンルールなのか。さらにライフスキルの基礎を形づくる積極的な自己表現(=アサーティブ)についても考えたいと思います。
ライフスキルとゴールデンルール
これまで説明してきたように、人間とは厄介でおもしろい生き物です。みんなそれぞれにライフスキルのありようが違い、それによって随分と違う人生を過ごしています。ライフスキルとは、生きる技術であり、生きる力です。
技術は使ってこそ価値があるもので、その構造や学術的なこととして知識を持っても意味がありませんせん。あなたが心理学者であるなら別ですが、一般のひとはライフスキルを学ぶために生きているのではありません。英語の学習と同じで知識として身につけるより、ツールとして使いこなせることが大事です。
それと同じ理由から、知るより使いこなすにフォーカスしています。そのためにマートワンとゲンキポリタンでは、課題(タスク)を設定して、クリアするプロセスを通じてライフスキルを育む方法をアプローチしています。そのツールがゴールデンルールであり、それは自分のスタイルを創造するものだと確信しています。
自分のスタイルを身につけてライフスキルを育む
マイプロジェクトで選ぶゴールデンルールは次の7つのなかから選びます。
それぞれのルールに、関連するライフスキルを記載しています。
●自分と周囲の人を尊重し励ます
コミュニケーションスキル (効果的コミュニケーション ・対人関係)
● プロセスに注目する
自己認識スキル(自己認識・共感性)
● 決めたことは責任をとる
意志決定スキル(意志決定・問題解決)
● できるまでやる
意志決定スキル(意志決定・問題解決)
● いまこの瞬間に集中する
意志決定スキル(意志決定・問題解決)
● 理想と現実の差をうめる目標を選ぶ
目標設定スキル(創造的思考・批判的思考)
● 感情的な行動をしない
ストレスマネジメントスキル (感情対処・ストレス対処)
マイ・プロジェクト
マイ・プロジェクトとは、自分をプロジェクトすること。つまり人間には仕事する以前に、未解決な問題を抱えた存在であること。人それぞれに無意識の生きる構えを持っています。その生きる構えによって、解釈の違い、判断の違いがあり、対応、行動の違いが生じます。
ライフスキルが機能している状態なら、解釈、判断、対応、行動、コミュニケーションも機能させることができます。しかしライフスキルに不足があり、機能していない場合には、それらも機能しなくなります。
いくらビジネスに関する知識があっても、知識を機能させることはできなくなるのです。多くのトップやマネジャーと接して、仕事を十分に機能させることができない場面に遭遇してきましたが、問題になるのは個人が抱えた問題である場合がほとんどなのです。
よくあるご相談は、ビジネススキルを充分トレーニングしているのに、効果がでないというものです。
この場合、個人的な未解決な問題が影響しています。つまりスタイル、フォームが悪いのです。ようするにゴールデンルールができていない。「できるまでやる」ことができない。「感情的な行動をしない」ように進められないなどの問題です。
俗に性格の問題として片付けることが少なくありません。しかし本当にそうでしょうか?生き方の問題は仕事の行き方の問題となって表れているのです。そして一番苦しんでいるのは当の本人なのです。
この致命的な問題に、ぶつかって改善しようというのが、マイ・プロジェクトです。
結果(成果)には原因があります。原因になっているのは主にプロセスと環境。ここに個人的な要因が強く影響しています。個人の未解決の問題が知識や技術の修得、センスに影響を与えているのです。また目標の設定と取り組み方とはダイレクトに関わっています。
ここまでは目に見えることです。この水面下、見えない領域があって、目標の根拠になっている「目的」「価値観」があります。これら心の在り方は言葉にするのも容易ではありません。
2011年6月5日日曜日
本当のリーダーシップ
あるカフェでアルバイトとして入店したヒロシは飛びっきりのセンスを発揮していた。
なによりヒロシが際立っていたのはチーム力のセンスだ。
優れたセンスを見て取ったエリアマネジャーは、彼を正社員にして、他店のサブマネジャーに就かせた。
そして彼の仕事の動作をメモしていった。
エリアマネジャーは、自身の上司に書き留めたメモをもとに説明をした。さらに上司の目で直接観察してもらうために現場に呼んだ。二人の上司はさりげない訪問の形をとり、ヒロシの仕事を観察した。
彼らの目にもヒロシは生まれながらのリーダーのように見えた。
なにがヒロシを生まれながらのリーダーにしていたのだろうか?
エリアマネジャーとその上司二人は、感覚ではなく言葉に置き換えるために分析した。
一番目に、まずなによりも、ヒロシはどんな問題にも、どんなときにも、一歩先、二歩先を見ていた。ほかの店とは違って、資材が届くのを待ったことはなかった。いつも欲しい時にはすでに調達してあった。
後でインタビューしたときに分ったことだが、その段取りのよさの目的は仲間が働きやすい環境を作ることにあった。それはお客さまに不便をかけないための必須だった。彼には人間はみんな対等だという意識があり、それを現実にするためにどうしたらいいのかについて自分で考えた結論が「段取り」に集約されていた。
二番目に、ヒロシには自分がどうしたいかというビジョンがあり、それは正確に伝達されてあって、誰もが同じように理解していた。
ヒロシにはうまくできない原因は指示する者にあるという強い思いがあった。指示する場合には、できるかできないか、スキルの確認が先であり、スキルが不足していたなら補充してから指示しないと失敗はすでに決定的なのが当たり前だと知っていた。スキルかあってやる気の前提条件だと考えていた。誰に言っても同じように理解できない表現は表現そのものが間違いであり、指示する者の責任は明白だ。
三番目は、ヒロシ自身が流す汗に表われていた。
指示は過酷な場合がある。自らが汗を流さないと過酷に挑戦しようとしないのは当然だと考えていた。だから誰よりも汗を流すことを信念にしていたのだ。
四番目は、大局観があり、客観的に自分のことも客観的に知っていた。
店長にならないかと打診されたとき、ヒロシは言った、
「本当は、自分の手でやるほうが好きなんです。」
インタビューで分ったことだが「大局観」の出所は矛盾に対する認識の仕方にあった。「清濁併せ呑む」ということわざがある。広辞苑によれば善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。とある。度量の大きさを指すことも多い。矛盾を受け入れることは矛盾のまま押し付けてできることでない、それは暴力だとと熱く語る。
「清濁併せ呑む」のが優秀な社会人だと押し付けたとしたら、矛盾の強制でしかない。ヒロシに言わせると「清濁併せ呑む」とは、矛盾が解決された状態だと言う。矛盾を受け入れることは、それぞれの思考回路を通過してそれぞれに理解できた上での結論でしかないと語る。考え方の集積で矛盾は解決される、それはアートのように美しい円を描くという。
矛盾を解決して、円を描く求心力になるのが組織の目的だと言う。どのような組織にもその活動にはいろんな要素が絡んでいて因果関係がある。この因果関係が、あちら立てればこちらが立たずという現象の原因にある。
なぜそうなるのか、それは因果要因が目的と一致しない考え方があるからだと言う。もし因果要因のすべてが目的と一致していたら矛盾は解決される。一致していないから矛盾があり、それを解決するために矛盾を受け入れろという。なんとも乱暴な話だと言うのがヒロシの自論だ。
そうではなく、因果要因のひとつひとつがある方向に集中的に向いていたら、それぞれの要因は矛盾がなくなる、矛盾があるのはそれぞれの要因がバラバラの方向に向いているからだ。だから正しく機能するように因果要因のひとつひとつに正しい考えを浸透させて、つなぎ直していくことがリーダーの仕事だと自論を展開した。
なにをしたいのかという目的を持たないチームに矛盾が満ちているのは当たり前ですよと語った。
三人はリーダーシップとはなにかを思い知らされた気分になったという。
ヒロシは数ヶ月前まで、正社員につきたいばかりを考えてアルバイトにも就かずにいたフリーターだった。
なによりヒロシが際立っていたのはチーム力のセンスだ。
優れたセンスを見て取ったエリアマネジャーは、彼を正社員にして、他店のサブマネジャーに就かせた。
そして彼の仕事の動作をメモしていった。
エリアマネジャーは、自身の上司に書き留めたメモをもとに説明をした。さらに上司の目で直接観察してもらうために現場に呼んだ。二人の上司はさりげない訪問の形をとり、ヒロシの仕事を観察した。
彼らの目にもヒロシは生まれながらのリーダーのように見えた。
なにがヒロシを生まれながらのリーダーにしていたのだろうか?
エリアマネジャーとその上司二人は、感覚ではなく言葉に置き換えるために分析した。
一番目に、まずなによりも、ヒロシはどんな問題にも、どんなときにも、一歩先、二歩先を見ていた。ほかの店とは違って、資材が届くのを待ったことはなかった。いつも欲しい時にはすでに調達してあった。
後でインタビューしたときに分ったことだが、その段取りのよさの目的は仲間が働きやすい環境を作ることにあった。それはお客さまに不便をかけないための必須だった。彼には人間はみんな対等だという意識があり、それを現実にするためにどうしたらいいのかについて自分で考えた結論が「段取り」に集約されていた。
二番目に、ヒロシには自分がどうしたいかというビジョンがあり、それは正確に伝達されてあって、誰もが同じように理解していた。
ヒロシにはうまくできない原因は指示する者にあるという強い思いがあった。指示する場合には、できるかできないか、スキルの確認が先であり、スキルが不足していたなら補充してから指示しないと失敗はすでに決定的なのが当たり前だと知っていた。スキルかあってやる気の前提条件だと考えていた。誰に言っても同じように理解できない表現は表現そのものが間違いであり、指示する者の責任は明白だ。
三番目は、ヒロシ自身が流す汗に表われていた。
指示は過酷な場合がある。自らが汗を流さないと過酷に挑戦しようとしないのは当然だと考えていた。だから誰よりも汗を流すことを信念にしていたのだ。
四番目は、大局観があり、客観的に自分のことも客観的に知っていた。
店長にならないかと打診されたとき、ヒロシは言った、
「本当は、自分の手でやるほうが好きなんです。」
インタビューで分ったことだが「大局観」の出所は矛盾に対する認識の仕方にあった。「清濁併せ呑む」ということわざがある。広辞苑によれば善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。とある。度量の大きさを指すことも多い。矛盾を受け入れることは矛盾のまま押し付けてできることでない、それは暴力だとと熱く語る。
「清濁併せ呑む」のが優秀な社会人だと押し付けたとしたら、矛盾の強制でしかない。ヒロシに言わせると「清濁併せ呑む」とは、矛盾が解決された状態だと言う。矛盾を受け入れることは、それぞれの思考回路を通過してそれぞれに理解できた上での結論でしかないと語る。考え方の集積で矛盾は解決される、それはアートのように美しい円を描くという。
矛盾を解決して、円を描く求心力になるのが組織の目的だと言う。どのような組織にもその活動にはいろんな要素が絡んでいて因果関係がある。この因果関係が、あちら立てればこちらが立たずという現象の原因にある。
なぜそうなるのか、それは因果要因が目的と一致しない考え方があるからだと言う。もし因果要因のすべてが目的と一致していたら矛盾は解決される。一致していないから矛盾があり、それを解決するために矛盾を受け入れろという。なんとも乱暴な話だと言うのがヒロシの自論だ。
そうではなく、因果要因のひとつひとつがある方向に集中的に向いていたら、それぞれの要因は矛盾がなくなる、矛盾があるのはそれぞれの要因がバラバラの方向に向いているからだ。だから正しく機能するように因果要因のひとつひとつに正しい考えを浸透させて、つなぎ直していくことがリーダーの仕事だと自論を展開した。
なにをしたいのかという目的を持たないチームに矛盾が満ちているのは当たり前ですよと語った。
三人はリーダーシップとはなにかを思い知らされた気分になったという。
ヒロシは数ヶ月前まで、正社員につきたいばかりを考えてアルバイトにも就かずにいたフリーターだった。
2011年3月23日水曜日
長期に継続する幸福を獲得する術
一般に企業活動は、利益の追求をしているものですが、実際には考え方の違いがあります。
どの程度の期間を分母において、どの程度の利益を、どのように利益をあげるのか、このように重要な課題を並べるのは簡単ですが、それぞれ随分考え方が違うものです。
なかでも、長期計画、中期計画、短期計画というように、期間の認識は経営のありようを全く変えてしまいます。長期計画は短期計画の倍数のように考える方がいますが、仮に結果的にはそうであっても、その意味の本質は違います。成長率をひとつのバロメータにするように、長期計画は成長性を含んでいます。
しかし、よりもっと大きなトレンドで考えてみると、世の仲の動きは、企業活動の思いに反して、利益は乏しくなる方向に進んでいます。時間の経過と共に障壁が増えていく、強くなっていくからです。
学校を出たときには成長産業だった就職先が、定年を迎える頃には赤字産業に変わっていたという話は巷に溢れています。たとえば一時期、電気街ではどこもパソコンが占領していましたが、いまではマンガ本に替わっているありさまです。なぜ、そうなったのか、少し考えていただくと分かることですが、パソコンに限らず、すべての商品が同じような運命を辿ります。
しかし、パソコンが全くダメになったわけではなく、いまも売れ続けています。デル、アップルなど一部のメーカーは前年以上に販売台数を伸ばし、利益も膨らましています。
ある者は敗走し、一部の者が勝利する。その違いの正体は何か?
長期に継続する利益を獲得する術で優っていたのです。
そこで利益のもうひとつの表現である「顧客満足」が重要さを増します。顧客満足と利益は表裏一体、コインと同じですが、顧客満足についての理解もひとそれぞれです。詭弁と考えるか、心からのそれと考えるかで、行動は随分変わります。
企業であれ、個人であれ、卑屈な態度をとりたくないのであれば、心から相手を思う気持ちを持って行動するのが望ましいでしょう。
しかし、自分に不安が強いと、自分のことばかり考えてしまい、自己中心、自己優先になります。そこで思い起こして欲しいのが、昔から言われる損して得取れ」「肉を斬らして骨を斬れ(皮を斬らして肉を斬れ、肉を斬らして骨を斬れ、 骨を斬らして命を取れ)」です。
人間関係は、その典型なのです。自分が出来ることをしてあげることで、なれる最高の自分になれる。その目的を実現するのが、いくつかの因果関係です。
個人の暮らしを「幸福」に導く要素には、仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。取り組みやすいように砕くとコミュニケーション、恋愛/結婚、子育て、家族、仕事、時間、お金、セックス・健康・ダイエット、そして老い・介護のことがあります。そして愛のことがあります。
これらバラバラの課題を串刺しにして、一貫したものにしているのが愛のありようなのです。目標から逆算して、必要な要因を適正化して、それぞれの要因を満たすことで、因果関係で結んだときに、目標が自然に叶う状態にする。これが長期に継続する幸福な暮らしを実現する必須条件なのです。
どのような要素がかみ合うと、目標に到達するのかプランできます。
仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。これが目標に到達する方向にまとまっていなくて、バラバラなら、それぞれの要因で努力しても、目標には到達しません。
大震災が物語るように、人は自分の一生をコントロールすることはできませんが、自分を大事にすることはできます。自分を大事にするように、同じく他者も大事にすることもできます。この考え方を幸福にする因果関係に落とし込んで、実践、行動を重ねていくと、それぞれの因果が自分を幸福へ誘導します。
今日さえ幸せであればいいというのではなく、「長期に継続する幸福を獲得する術」を真似るか、自分で創り上げるのです。つまり、それはアートと言ってもおかしくありません。
生活あるいは仕事をアートにするには、自分がアーティストになることから始めます。デザインされた家具やカフェからは決して入ってこないのです。スタバでお茶を飲むより自分の部屋で飲みたいと思うくらい自分と自分の部屋を洗練させる喜びを大事にしたいと思うのです。
どの程度の期間を分母において、どの程度の利益を、どのように利益をあげるのか、このように重要な課題を並べるのは簡単ですが、それぞれ随分考え方が違うものです。
なかでも、長期計画、中期計画、短期計画というように、期間の認識は経営のありようを全く変えてしまいます。長期計画は短期計画の倍数のように考える方がいますが、仮に結果的にはそうであっても、その意味の本質は違います。成長率をひとつのバロメータにするように、長期計画は成長性を含んでいます。
しかし、よりもっと大きなトレンドで考えてみると、世の仲の動きは、企業活動の思いに反して、利益は乏しくなる方向に進んでいます。時間の経過と共に障壁が増えていく、強くなっていくからです。
学校を出たときには成長産業だった就職先が、定年を迎える頃には赤字産業に変わっていたという話は巷に溢れています。たとえば一時期、電気街ではどこもパソコンが占領していましたが、いまではマンガ本に替わっているありさまです。なぜ、そうなったのか、少し考えていただくと分かることですが、パソコンに限らず、すべての商品が同じような運命を辿ります。
しかし、パソコンが全くダメになったわけではなく、いまも売れ続けています。デル、アップルなど一部のメーカーは前年以上に販売台数を伸ばし、利益も膨らましています。
ある者は敗走し、一部の者が勝利する。その違いの正体は何か?
長期に継続する利益を獲得する術で優っていたのです。
そこで利益のもうひとつの表現である「顧客満足」が重要さを増します。顧客満足と利益は表裏一体、コインと同じですが、顧客満足についての理解もひとそれぞれです。詭弁と考えるか、心からのそれと考えるかで、行動は随分変わります。
企業であれ、個人であれ、卑屈な態度をとりたくないのであれば、心から相手を思う気持ちを持って行動するのが望ましいでしょう。
しかし、自分に不安が強いと、自分のことばかり考えてしまい、自己中心、自己優先になります。そこで思い起こして欲しいのが、昔から言われる損して得取れ」「肉を斬らして骨を斬れ(皮を斬らして肉を斬れ、肉を斬らして骨を斬れ、 骨を斬らして命を取れ)」です。
人間関係は、その典型なのです。自分が出来ることをしてあげることで、なれる最高の自分になれる。その目的を実現するのが、いくつかの因果関係です。
個人の暮らしを「幸福」に導く要素には、仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。取り組みやすいように砕くとコミュニケーション、恋愛/結婚、子育て、家族、仕事、時間、お金、セックス・健康・ダイエット、そして老い・介護のことがあります。そして愛のことがあります。
これらバラバラの課題を串刺しにして、一貫したものにしているのが愛のありようなのです。目標から逆算して、必要な要因を適正化して、それぞれの要因を満たすことで、因果関係で結んだときに、目標が自然に叶う状態にする。これが長期に継続する幸福な暮らしを実現する必須条件なのです。
どのような要素がかみ合うと、目標に到達するのかプランできます。
仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。これが目標に到達する方向にまとまっていなくて、バラバラなら、それぞれの要因で努力しても、目標には到達しません。
大震災が物語るように、人は自分の一生をコントロールすることはできませんが、自分を大事にすることはできます。自分を大事にするように、同じく他者も大事にすることもできます。この考え方を幸福にする因果関係に落とし込んで、実践、行動を重ねていくと、それぞれの因果が自分を幸福へ誘導します。
今日さえ幸せであればいいというのではなく、「長期に継続する幸福を獲得する術」を真似るか、自分で創り上げるのです。つまり、それはアートと言ってもおかしくありません。
生活あるいは仕事をアートにするには、自分がアーティストになることから始めます。デザインされた家具やカフェからは決して入ってこないのです。スタバでお茶を飲むより自分の部屋で飲みたいと思うくらい自分と自分の部屋を洗練させる喜びを大事にしたいと思うのです。
2011年3月21日月曜日
内側の力と外側の力、因果関係を読み解く力
人間には、内側の力と外側の力があります。
外側の力とは、肩書き、資格、専門スキルなど他者が評価した力です。時と場所の範囲限定的な力です。
内側の力は他者の目に触れにくい力ですが、世界中で使えて生涯役にたつ力です。
災害が起こったときに、損な役割を主体的に引き受ける力は、内側の力を使います。
ビジネスの世界にも、内側の力と外側の力があります。
外側の力とは、販促力。「なにをするか」がテーマになります。アイデアを駆使していろんなプロモーションが打てます。人間の外側の力と同じで評価しやすいものです。お客さまにも分ちやすい分、競争相手にも分ります。つまり真似しやすいので追随が簡単という弱点があり、競争優位のポジションをいつ明け渡すか分らない脆弱さがあります。
内側の力は、風土に近いもので「なにを持っているか」がテーマになります。こちらは外から分りません。企業の中にいても、人によっては分らないでしょう。勤める会社をいくつか経験した上で、客観的に分析、評価する力があれば理解も深まるでしょうが、それでも難しい場合があります。内部の人にも分らないくらいですから競争相手にも理解が困難です。その分、強い力を持っていると、競争優位のポジションを長く獲得できる可能性が高くなります。
多数の力を合わせても、内側の力と外側の力には、明らかな差が生じるわけですから、個人レベルになるとますます明らかです。
外側の力を引き上げる目標設定をするのは簡単です。しかし内側の力を引き上げる目標は設定そのものが難しいものです。目標そのものが曖昧な表現しかできないからです。目標が曖昧だとなにをしたらいいのかも難しくなります。
そのときに「因果関係」が役立ちます。どのような要素がかみ合うと、目標に到達するのかプランできます。
仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。これが目標に到達する方向にまとまっていなくて、バラバラなら、それぞれの要因で努力しても、目標には到達しません。
たとえば、将来は自分の店を持って苦難があっても、楽しく働きたいと考えている人が、公務員と結婚したいと考えている女性に熱をあげていたらどうでしょう?将来変わる可能性がないわけではありませんが、夫と力を合わせて商売するのが希望の女性と交際するほうが目標を叶える上で有望です。
時間の使い方も同じです。暇があればパチンコをして暮らすのと、商売の勉強をするのでは、結果は明白です。
このように、目標から逆算して、必要な要因を適正化して、それぞれの要因を満たすことで、因果関係で結んだときに、目標が自然に叶う状態にする。これが競争優位に立つ必須条件なのです。
このプロセスで必ず生じるのが、あちら立てれば、こちら立たずなのです。ほとんどの人はバカではありません。しかしバカでないから落とし穴に落ちてしまうのです。あるひとつの事象だけを見たら正解だけで、それを組み合わせると不正解になることは少なくありません。ファッションはその典型でしょう。色の組み合わせがその見本です。あるひとつの事象だけを見たら非合理だが、組み合わせてトータルで見たら合理的ということが多いのです。
限られた時間と労力で迅速に答えを出すことが必要な震災支援では、これがとても重要になります。全体を見渡し判断するリーダーのマネジメント力が重要になります。
郵政が大赤字を出していて実際には破綻状態にあるのはその典型です。民営化以降、利益を出し多額の納税をしていたのが、いまでは税金で穴埋めをしなくてはならない逆転状態に陥ったのは、某大臣がある一点だけを取り上げて損失が生じていると、マスコミも巻き込んでネガティブキャンペーンを張った結果です。このようになにが正しくて、なにが間違っているのか、自分の暮らしをよく観察してみることが大切なのです。
外側だけでは分らない、内側の力。ビジュアルにするのが難しいものを、ビジュアルの時代にあって、きっちり見分ける力・・・・・因果関係を読み取って見極める眼力も、想像力も内側の力の産物です。
外側の力とは、肩書き、資格、専門スキルなど他者が評価した力です。時と場所の範囲限定的な力です。
内側の力は他者の目に触れにくい力ですが、世界中で使えて生涯役にたつ力です。
災害が起こったときに、損な役割を主体的に引き受ける力は、内側の力を使います。
ビジネスの世界にも、内側の力と外側の力があります。
外側の力とは、販促力。「なにをするか」がテーマになります。アイデアを駆使していろんなプロモーションが打てます。人間の外側の力と同じで評価しやすいものです。お客さまにも分ちやすい分、競争相手にも分ります。つまり真似しやすいので追随が簡単という弱点があり、競争優位のポジションをいつ明け渡すか分らない脆弱さがあります。
内側の力は、風土に近いもので「なにを持っているか」がテーマになります。こちらは外から分りません。企業の中にいても、人によっては分らないでしょう。勤める会社をいくつか経験した上で、客観的に分析、評価する力があれば理解も深まるでしょうが、それでも難しい場合があります。内部の人にも分らないくらいですから競争相手にも理解が困難です。その分、強い力を持っていると、競争優位のポジションを長く獲得できる可能性が高くなります。
多数の力を合わせても、内側の力と外側の力には、明らかな差が生じるわけですから、個人レベルになるとますます明らかです。
外側の力を引き上げる目標設定をするのは簡単です。しかし内側の力を引き上げる目標は設定そのものが難しいものです。目標そのものが曖昧な表現しかできないからです。目標が曖昧だとなにをしたらいいのかも難しくなります。
そのときに「因果関係」が役立ちます。どのような要素がかみ合うと、目標に到達するのかプランできます。
仕事、趣味、異性、時間とお金の使い方、モラル、行動基準が主たる因果要因になるでしょう。これが目標に到達する方向にまとまっていなくて、バラバラなら、それぞれの要因で努力しても、目標には到達しません。
たとえば、将来は自分の店を持って苦難があっても、楽しく働きたいと考えている人が、公務員と結婚したいと考えている女性に熱をあげていたらどうでしょう?将来変わる可能性がないわけではありませんが、夫と力を合わせて商売するのが希望の女性と交際するほうが目標を叶える上で有望です。
時間の使い方も同じです。暇があればパチンコをして暮らすのと、商売の勉強をするのでは、結果は明白です。
このように、目標から逆算して、必要な要因を適正化して、それぞれの要因を満たすことで、因果関係で結んだときに、目標が自然に叶う状態にする。これが競争優位に立つ必須条件なのです。
このプロセスで必ず生じるのが、あちら立てれば、こちら立たずなのです。ほとんどの人はバカではありません。しかしバカでないから落とし穴に落ちてしまうのです。あるひとつの事象だけを見たら正解だけで、それを組み合わせると不正解になることは少なくありません。ファッションはその典型でしょう。色の組み合わせがその見本です。あるひとつの事象だけを見たら非合理だが、組み合わせてトータルで見たら合理的ということが多いのです。
限られた時間と労力で迅速に答えを出すことが必要な震災支援では、これがとても重要になります。全体を見渡し判断するリーダーのマネジメント力が重要になります。
郵政が大赤字を出していて実際には破綻状態にあるのはその典型です。民営化以降、利益を出し多額の納税をしていたのが、いまでは税金で穴埋めをしなくてはならない逆転状態に陥ったのは、某大臣がある一点だけを取り上げて損失が生じていると、マスコミも巻き込んでネガティブキャンペーンを張った結果です。このようになにが正しくて、なにが間違っているのか、自分の暮らしをよく観察してみることが大切なのです。
外側だけでは分らない、内側の力。ビジュアルにするのが難しいものを、ビジュアルの時代にあって、きっちり見分ける力・・・・・因果関係を読み取って見極める眼力も、想像力も内側の力の産物です。
2011年3月2日水曜日
過去、いま、未来・・・それぞれの生き方
過去に後悔しない。未来に不安を感じない。
言うのは簡単だが、実際にはほとんどの人は過去に後悔して、未来に不安を感じています。
特に日本人はネガティブで、未来への不安は、命を絶つまでに発展することがあります。
いま、この瞬間を生きることができない人が、巷に溢れているのです。
消費活動に向かわせる市場がそれだけあるということです。
そこであの手、この手で財布をターゲットにして仕事する。
ところが、その仕事をしている人自身が、過去に後悔して、未来に不安を感じている。ですから、ビジネスの現場は否定的な意見が中心になっています。
国力を弱めているのは、エキサイティングな物語を書き演じる人が少なくなったからでしょう。
思えばAppleが、iPhoneに至る物語を書いたのは、もう随分、前の話。それを着実に実現してきています。実現できたのは、物語を現実の物語にするために、ずっと続いている「今」そのときに打ち込んできたからです。「TOY STORY」も、そのプロセスから生まれたのです。
とてもシンプルなストーリ^ですが、考えると涙がこぼれます。なぜなら、iMacのヒットでどん底を抜け出したばかりの時だったからです。勇気になる話です
いまこの瞬間に集中していないと、過去と未来だけになってしまいます。いまこの瞬間に集中したくないから、過去と未来だけになるのです。
つまり、「現在」から逃げる習慣が、スタンダードになっているのです。
だから自分のスタンダードを変えるようにしないと、生き生きとした人生は過ごせません。
過去はかって「現在」でした。
未来はやがて「現在」になります。
どちらの現在も、いまこの瞬間の現在と同じように、逃げていた、今後も逃げ続けるなら、それこそいまこの瞬間に行動を変えるしかないはずです。
それでも変わらない人がほとんどだから、ずっと過去に後悔して、未来に不安を感じながら暮らしているのです。
東京スカイツリーに行くよりも、心に自分スカイツリーが必要だと思います。
言うのは簡単だが、実際にはほとんどの人は過去に後悔して、未来に不安を感じています。
特に日本人はネガティブで、未来への不安は、命を絶つまでに発展することがあります。
いま、この瞬間を生きることができない人が、巷に溢れているのです。
消費活動に向かわせる市場がそれだけあるということです。
そこであの手、この手で財布をターゲットにして仕事する。
ところが、その仕事をしている人自身が、過去に後悔して、未来に不安を感じている。ですから、ビジネスの現場は否定的な意見が中心になっています。
国力を弱めているのは、エキサイティングな物語を書き演じる人が少なくなったからでしょう。
思えばAppleが、iPhoneに至る物語を書いたのは、もう随分、前の話。それを着実に実現してきています。実現できたのは、物語を現実の物語にするために、ずっと続いている「今」そのときに打ち込んできたからです。「TOY STORY」も、そのプロセスから生まれたのです。
とてもシンプルなストーリ^ですが、考えると涙がこぼれます。なぜなら、iMacのヒットでどん底を抜け出したばかりの時だったからです。勇気になる話です
いまこの瞬間に集中していないと、過去と未来だけになってしまいます。いまこの瞬間に集中したくないから、過去と未来だけになるのです。
つまり、「現在」から逃げる習慣が、スタンダードになっているのです。
だから自分のスタンダードを変えるようにしないと、生き生きとした人生は過ごせません。
過去はかって「現在」でした。
未来はやがて「現在」になります。
どちらの現在も、いまこの瞬間の現在と同じように、逃げていた、今後も逃げ続けるなら、それこそいまこの瞬間に行動を変えるしかないはずです。
それでも変わらない人がほとんどだから、ずっと過去に後悔して、未来に不安を感じながら暮らしているのです。
東京スカイツリーに行くよりも、心に自分スカイツリーが必要だと思います。
2010年6月19日土曜日
努力するほどモチベーションは下がる?
道に迷ったとき、大事なのは、努力することではなく、道を知っていることです。
それと同じく、目標が達成できるのは、努力の多嘉ではなく、達成に必要なことの実行にかかっています。ですから、目標を達成するには、達成に必要なスキルを有していることが条件になります。
努力が必要になるのは、「スキルを身につける」という具体的な「事」と「時」のことです。精神主義的な努力の奨励では、このことを勘違いしていて、奨励の矛先は「結果」に向けられています。
スキルを身につけることに努力しないで、目標達成に努力するとうなるか。結果は行動の結果でしかないので、行動が間違っていたら、思うような結果が出るはずはありません。
それでも、道理を無視して、誤った努力の奨励に暴走して、努力すれば努力するほど、今度はおかしなことになっていきます。お客さま相手だとお客が逃げ出すことも生じてきます。道理を無視すとは、世の中の仕組みを無視していることに他ならないからです。必ず迷惑している者がいるからです。
やってもやっても成果も成長もないまま、やがて疲弊して、モチベーションが上がらないばかりでなく、放置しておくと、モラルが低いという問題に向き合うことになります。
そんなことにしないように、大事なことがあります。
現在、自分が持っているスキルの棚卸しをして、目標達成に必要なスキル、不要なスキルを見える化します。
じぶん力を見える化するのです。目標達成に不要なスキルは横に置き、達成に必要なスキルだけを並べて、その上で不足するスキルを並べる。これを身につけるようにします。自己啓発の基本です。
そこで問題が浮上します。目標達成に不要でも、好きなことに関するスキルなら自然にアップできますが、必要であっても関心が持てないスキルの向上のプロセスはストレスの原因になります。
しかし、この状態のままにしておくと、何をしていいのか分からない人になります。なにをするにしても中途半端に感じて自己効力感に不足を感じます。何でもやれそうで、何にもできそうにない感覚に陥ります。可能性があると言えば聞こえがいいが、裏付けがないので、正直リアリティがなく、可能性とは感じないのです。
大事なことは、したか、しなかったか、しているか、していないか、4つの事実だけです。リアリティもこのなかにしかない。
可能性を云々するときに、根拠にするのは、したか、しなかったか、しているか、していないか、の事実だけに求めないと、妄想になってしまいます。「できるけれど、していない」というのは「できない」ということなのです。これを本当の意味での可能性にするには、「できないけれどしている」状態に変えない限り可能性は現実のものになりません。
ある会社の幹部がこんなことを言ってました。
「利益が出なくなり売上も落ちたら、みんな本気で目標達成に取り組んでくれるだろう」その時、私は「茹で蛙」の話をしましたが、案の定、会社は潰れました。
「茹で蛙」の話をしたら、みんな理解を示します。しかし、理解を示した人が「茹で蛙」になるのは、「できるけれど、していない」を「できるけれど、していない(だけ、だから)できる」と都合のいい「可能性」に置き換えて解釈をしているからです。
「できるけれど、していない」のは、「したくないから、していない。」あるいは「できないから、していない。」からです。もし、そうでなかたったら「しています。」
もちろん、「できるけれど、していない」場合もあります。この場合は、しないほうがいい、あるいはどうでもいいと判断しているからです。だから、「できるけれど、していない」というニュアンスの言葉は出てこないし、しないほうがいい理由も具体的、かつ説得力があります。
問題を先送りする人は、問題が深刻な事態になるほど機能しなくなります。何かのキッカケで価値観が変わることもありますが、価値観が変わってもスキルがないと行動の結果は無惨です。
このことは、必要なスキルが身につけば価値観が変わることを意味しています。つまり現実がやまびこのように答を返してくれるのです。
必要なスキルと、必要でないスキルを整理して、自分のスキルを見える化する。その作業は、現実の世界に身を投じる最初の一歩といえます。
個人の場合もそうですが、特に組織の場合、問題になるのが、なにが必要なスキルなのか、分かっている人が組織に誰もいない場合です。でもそれに直面して事実を受け入れるると、遅くさえなければ間違いなく発展のチャンスになります。
何をしたらいいのか、何をやめたらいいのか、という問題は、限られた時間内で生きている人間にとって、重要なテーマなのです。
モチベーションの高さは、必要なスキルに比例はしませんが、スキル獲得の欲求とは比例しているのです。
(知識・技術要因 http://www.genkipolitan.com/mo /tisiki.html)
必要なスキルを明確にして、スキルアップに具体的な努力ができるtと、モチベーションはアップします。
それと同じく、目標が達成できるのは、努力の多嘉ではなく、達成に必要なことの実行にかかっています。ですから、目標を達成するには、達成に必要なスキルを有していることが条件になります。
努力が必要になるのは、「スキルを身につける」という具体的な「事」と「時」のことです。精神主義的な努力の奨励では、このことを勘違いしていて、奨励の矛先は「結果」に向けられています。
スキルを身につけることに努力しないで、目標達成に努力するとうなるか。結果は行動の結果でしかないので、行動が間違っていたら、思うような結果が出るはずはありません。
それでも、道理を無視して、誤った努力の奨励に暴走して、努力すれば努力するほど、今度はおかしなことになっていきます。お客さま相手だとお客が逃げ出すことも生じてきます。道理を無視すとは、世の中の仕組みを無視していることに他ならないからです。必ず迷惑している者がいるからです。
やってもやっても成果も成長もないまま、やがて疲弊して、モチベーションが上がらないばかりでなく、放置しておくと、モラルが低いという問題に向き合うことになります。
そんなことにしないように、大事なことがあります。
現在、自分が持っているスキルの棚卸しをして、目標達成に必要なスキル、不要なスキルを見える化します。
じぶん力を見える化するのです。目標達成に不要なスキルは横に置き、達成に必要なスキルだけを並べて、その上で不足するスキルを並べる。これを身につけるようにします。自己啓発の基本です。
そこで問題が浮上します。目標達成に不要でも、好きなことに関するスキルなら自然にアップできますが、必要であっても関心が持てないスキルの向上のプロセスはストレスの原因になります。
しかし、この状態のままにしておくと、何をしていいのか分からない人になります。なにをするにしても中途半端に感じて自己効力感に不足を感じます。何でもやれそうで、何にもできそうにない感覚に陥ります。可能性があると言えば聞こえがいいが、裏付けがないので、正直リアリティがなく、可能性とは感じないのです。
大事なことは、したか、しなかったか、しているか、していないか、4つの事実だけです。リアリティもこのなかにしかない。
可能性を云々するときに、根拠にするのは、したか、しなかったか、しているか、していないか、の事実だけに求めないと、妄想になってしまいます。「できるけれど、していない」というのは「できない」ということなのです。これを本当の意味での可能性にするには、「できないけれどしている」状態に変えない限り可能性は現実のものになりません。
ある会社の幹部がこんなことを言ってました。
「利益が出なくなり売上も落ちたら、みんな本気で目標達成に取り組んでくれるだろう」その時、私は「茹で蛙」の話をしましたが、案の定、会社は潰れました。
「茹で蛙」の話をしたら、みんな理解を示します。しかし、理解を示した人が「茹で蛙」になるのは、「できるけれど、していない」を「できるけれど、していない(だけ、だから)できる」と都合のいい「可能性」に置き換えて解釈をしているからです。
「できるけれど、していない」のは、「したくないから、していない。」あるいは「できないから、していない。」からです。もし、そうでなかたったら「しています。」
もちろん、「できるけれど、していない」場合もあります。この場合は、しないほうがいい、あるいはどうでもいいと判断しているからです。だから、「できるけれど、していない」というニュアンスの言葉は出てこないし、しないほうがいい理由も具体的、かつ説得力があります。
問題を先送りする人は、問題が深刻な事態になるほど機能しなくなります。何かのキッカケで価値観が変わることもありますが、価値観が変わってもスキルがないと行動の結果は無惨です。
このことは、必要なスキルが身につけば価値観が変わることを意味しています。つまり現実がやまびこのように答を返してくれるのです。
必要なスキルと、必要でないスキルを整理して、自分のスキルを見える化する。その作業は、現実の世界に身を投じる最初の一歩といえます。
個人の場合もそうですが、特に組織の場合、問題になるのが、なにが必要なスキルなのか、分かっている人が組織に誰もいない場合です。でもそれに直面して事実を受け入れるると、遅くさえなければ間違いなく発展のチャンスになります。
何をしたらいいのか、何をやめたらいいのか、という問題は、限られた時間内で生きている人間にとって、重要なテーマなのです。
モチベーションの高さは、必要なスキルに比例はしませんが、スキル獲得の欲求とは比例しているのです。
(知識・技術要因 http://www.genkipolitan.com/mo /tisiki.html)
必要なスキルを明確にして、スキルアップに具体的な努力ができるtと、モチベーションはアップします。
2010年6月8日火曜日
自分を劇的に変えるために、プロセスに注目できるスキルを高める。
自分を劇的に変えるために、プロセスに注目できるスキルを高める。
「よし、やるぞ!」とやる気いっぱいになってスタートすれば、誰でも目標達成が可能になるかというと、そうはいきません。
気持ちは常に揺れ動いているのが普通で、「あれだけやる気になっていたのに」と言われるように、いつの間にかモチベーションが下がっていることがあります。
いつの間にか、したいことがしなければならないことに変わっていないかに注意したいものです。
次の5つの設問をチェックしてみてください。
1 目標達成に向かうよりリラックスする必要を感じる YES,/NO
2 疲労やストレスでなにもしたくないと思うときがある YES,/NO
3 人にして欲しいことがある場合はすぐにして欲しい YES,/NO
4 緊張、疲労、不安を感じるとアルコールを飲んだり食べたくなる YES/NO
5 イライラするとモノを乱暴に扱うことがある YES/NO
可能性の否定、達成できそうにないという不安、満足感が得られない不安などネガティブな感情が、自分も知らない隠された動機にマイナスのストロークで働きかけても、感情として処理してしまえば、それまでのことです。
それにしても処理を間違うと、寂しい、つらい、面白くない等、場違いな感情を呼び込びます。
適切でない感情によって、感情的な行動を呼び込んでしまうと、心のコンディションはバランスを崩します。
内なる不快感の連鎖が、意志を打ち砕き、なんでもないことさえ億劫になったりして、行動の邪魔をします。
感情の邪魔によって、「したいこと」が「しなければならないこと」に変わってしまうのです。
したいことと、しなければならないことの間には、随分距離があります。思いがけない距離のズレは感情によって始まり、感情的な行動によって固定してしまいます。
感情的な行動は好ましくないけれど、感情は素晴らしいものです。
昔から人々の心をとらえてきた歌、映画、小説などは、ほとんど感情に訴えるものです。
人々を奮い立たせることもあれば、癒してくれることもあります。
もし感情がなければ、喜びも悲しみもなく、殺伐としたものになります。
それにしても感情には、好ましい感情もあれば、人を痛めつける感情もあります。
人間を蝕み、目的の達成を阻むのも感情である場合が多いのです。
緊張やストレスに耐える力は人によって違います。
耐久力が弱い人ほどネガティブな発言、行動が多くなります。
なぜ、こんな簡単なことができないのかと不思議に思うことも多いと思います。 感情が揺れ動いて、エネルギー不足を引き起こした結果、バランスをとっているからです。
■集中力の邪魔をするもの
今日は”あること”に集中するぞ!と思っていても、急に予定を変更してしまうことはありませんか?
自分のやりたいことがあっても、緊張やストレスがあるとネガティブな感情が働きだしやすくなります。
エネルギーバランスが崩れると、無意識に緊張を和らげるようとします。
意志とは関係なくストレス、緊張を和らげてエネルギー不足を調整します。
関心が移ってやろうとしていたことが忘れられてしまいます。
ですから、ストレスを感じるときには、周りの人からの依頼や誘いがあったりすると、取り掛かっていた作業を中断する口実が出来て、自分への言い訳ができて好都合なのです。
それにしても、こういうことを繰り返していると、人と人の間にある<境界>がぼやけます。
その上、気分転換が多いと、集中力は分散しがちです。
時間管理の本や手帳などがたくさん出版されているのは、時間管理が思うようにできない人が多いからです。
時間管理術をいくら学んでも実行できないのは知識不足というより、感情のコントロールができないのが問題なのです。
感情を「しなければならない」という理屈でコントロールしょうとすることに無理があるのです。
感情には感情で対処するのが自然です。
自分に好ましくない感情が起これば、好ましい感情で対処するのが効果的です。
好ましい感情とは、楽しい、うれしい、おもしろいなどです。
悲しいときに、怒っているときに、不安なときに、そんな感情を持たせるのは至難の技です。
それでも、好ましくない感情が自分にどれほど悪影響を与えるのか知っていれば、行動をコントロールできます。
たとえば、「したいこと」が「しなければいけないこと」に変わってしまう境界の乱れを自分が作っていることを知っていたら、感情の変化を防げなくても、感情の洪水は防げます。踏ん張りが利くようになるのです。
プロセスにこそ喜びがある。
さらに、夢、目的があれば、好ましくない感情はとるに足らないこととして、小さく出来ます。
・ ・・・「どうせ私なんかに」・・・自分の価値を引き下げ、夢を砕くのは自分。
叶うか叶わないは別にして、夢を見たり、追うことはよくないことではない。
夢の実現に重きをおくのではなく、夢を追うプロセスにこそ自分が存在すると考えるのは悪いことではありません。
心のコンディションをどのように整えるか、人それぞれのやり方があるます。 自分のやり方を見つけておくと有効です。
誰でも、その時々でコンディションが変化します。
一流といわれる方も同じです。
彼らが一流に昇りつめ、維持している裏には、常にベストコンディションを保つように工夫があるからです。
たとえば高額の報酬を受け取るイチロー選手の昼ごはんは毎日カレーライス、遠征先では同じピザ。やりたいこと以外の余計なことに神経を使わないのは、心と身体のベスト・コンディションを保つための配慮です。
求める結果を出すことを最優先にした暮らしの知恵は、自分を律することから始まっていることが発見できます。
感情を感情で対処するレベルではなく、さらに踏み込んで知識を感情レベルに落とし込んでいます。
自分の「やり遂げたい」気持ちが雑念とともに、どこかに行ってしまわないように、注意深く監視して過ごすから、やり遂げるよろこびをつかまえることができると言えます。
目標を達成するにはプロセスに間違いがないが注意深い注目の維持が欠かせません。
それを大変だと考えがちです。
でも、目標達成のよろこびの正体を知っていたら、感じ方は変わるでしょう。
達成そのものから得られる喜びより、プロセスを自分が自分を律し抜いたよろこび、そのものの方が大きいのです。
達成そのものは一瞬の喜び。プロセスは永遠の喜び。
その障害となる最大の壁が感情なのです。
感情は人間をもっとも人間らしいものにするものであっても、もっとも人間を苦しめるものなのです。
感情的な行動で「自分」を台無しにしないようにしたいものです。
プロセスを永遠に楽しめるように、プロセスに注目できるスキルを高めましょう。
「よし、やるぞ!」とやる気いっぱいになってスタートすれば、誰でも目標達成が可能になるかというと、そうはいきません。
気持ちは常に揺れ動いているのが普通で、「あれだけやる気になっていたのに」と言われるように、いつの間にかモチベーションが下がっていることがあります。
いつの間にか、したいことがしなければならないことに変わっていないかに注意したいものです。
次の5つの設問をチェックしてみてください。
1 目標達成に向かうよりリラックスする必要を感じる YES,/NO
2 疲労やストレスでなにもしたくないと思うときがある YES,/NO
3 人にして欲しいことがある場合はすぐにして欲しい YES,/NO
4 緊張、疲労、不安を感じるとアルコールを飲んだり食べたくなる YES/NO
5 イライラするとモノを乱暴に扱うことがある YES/NO
可能性の否定、達成できそうにないという不安、満足感が得られない不安などネガティブな感情が、自分も知らない隠された動機にマイナスのストロークで働きかけても、感情として処理してしまえば、それまでのことです。
それにしても処理を間違うと、寂しい、つらい、面白くない等、場違いな感情を呼び込びます。
適切でない感情によって、感情的な行動を呼び込んでしまうと、心のコンディションはバランスを崩します。
内なる不快感の連鎖が、意志を打ち砕き、なんでもないことさえ億劫になったりして、行動の邪魔をします。
感情の邪魔によって、「したいこと」が「しなければならないこと」に変わってしまうのです。
したいことと、しなければならないことの間には、随分距離があります。思いがけない距離のズレは感情によって始まり、感情的な行動によって固定してしまいます。
感情的な行動は好ましくないけれど、感情は素晴らしいものです。
昔から人々の心をとらえてきた歌、映画、小説などは、ほとんど感情に訴えるものです。
人々を奮い立たせることもあれば、癒してくれることもあります。
もし感情がなければ、喜びも悲しみもなく、殺伐としたものになります。
それにしても感情には、好ましい感情もあれば、人を痛めつける感情もあります。
人間を蝕み、目的の達成を阻むのも感情である場合が多いのです。
緊張やストレスに耐える力は人によって違います。
耐久力が弱い人ほどネガティブな発言、行動が多くなります。
なぜ、こんな簡単なことができないのかと不思議に思うことも多いと思います。 感情が揺れ動いて、エネルギー不足を引き起こした結果、バランスをとっているからです。
■集中力の邪魔をするもの
今日は”あること”に集中するぞ!と思っていても、急に予定を変更してしまうことはありませんか?
自分のやりたいことがあっても、緊張やストレスがあるとネガティブな感情が働きだしやすくなります。
エネルギーバランスが崩れると、無意識に緊張を和らげるようとします。
意志とは関係なくストレス、緊張を和らげてエネルギー不足を調整します。
関心が移ってやろうとしていたことが忘れられてしまいます。
ですから、ストレスを感じるときには、周りの人からの依頼や誘いがあったりすると、取り掛かっていた作業を中断する口実が出来て、自分への言い訳ができて好都合なのです。
それにしても、こういうことを繰り返していると、人と人の間にある<境界>がぼやけます。
その上、気分転換が多いと、集中力は分散しがちです。
時間管理の本や手帳などがたくさん出版されているのは、時間管理が思うようにできない人が多いからです。
時間管理術をいくら学んでも実行できないのは知識不足というより、感情のコントロールができないのが問題なのです。
感情を「しなければならない」という理屈でコントロールしょうとすることに無理があるのです。
感情には感情で対処するのが自然です。
自分に好ましくない感情が起これば、好ましい感情で対処するのが効果的です。
好ましい感情とは、楽しい、うれしい、おもしろいなどです。
悲しいときに、怒っているときに、不安なときに、そんな感情を持たせるのは至難の技です。
それでも、好ましくない感情が自分にどれほど悪影響を与えるのか知っていれば、行動をコントロールできます。
たとえば、「したいこと」が「しなければいけないこと」に変わってしまう境界の乱れを自分が作っていることを知っていたら、感情の変化を防げなくても、感情の洪水は防げます。踏ん張りが利くようになるのです。
プロセスにこそ喜びがある。
さらに、夢、目的があれば、好ましくない感情はとるに足らないこととして、小さく出来ます。
・ ・・・「どうせ私なんかに」・・・自分の価値を引き下げ、夢を砕くのは自分。
叶うか叶わないは別にして、夢を見たり、追うことはよくないことではない。
夢の実現に重きをおくのではなく、夢を追うプロセスにこそ自分が存在すると考えるのは悪いことではありません。
心のコンディションをどのように整えるか、人それぞれのやり方があるます。 自分のやり方を見つけておくと有効です。
誰でも、その時々でコンディションが変化します。
一流といわれる方も同じです。
彼らが一流に昇りつめ、維持している裏には、常にベストコンディションを保つように工夫があるからです。
たとえば高額の報酬を受け取るイチロー選手の昼ごはんは毎日カレーライス、遠征先では同じピザ。やりたいこと以外の余計なことに神経を使わないのは、心と身体のベスト・コンディションを保つための配慮です。
求める結果を出すことを最優先にした暮らしの知恵は、自分を律することから始まっていることが発見できます。
感情を感情で対処するレベルではなく、さらに踏み込んで知識を感情レベルに落とし込んでいます。
自分の「やり遂げたい」気持ちが雑念とともに、どこかに行ってしまわないように、注意深く監視して過ごすから、やり遂げるよろこびをつかまえることができると言えます。
目標を達成するにはプロセスに間違いがないが注意深い注目の維持が欠かせません。
それを大変だと考えがちです。
でも、目標達成のよろこびの正体を知っていたら、感じ方は変わるでしょう。
達成そのものから得られる喜びより、プロセスを自分が自分を律し抜いたよろこび、そのものの方が大きいのです。
達成そのものは一瞬の喜び。プロセスは永遠の喜び。
その障害となる最大の壁が感情なのです。
感情は人間をもっとも人間らしいものにするものであっても、もっとも人間を苦しめるものなのです。
感情的な行動で「自分」を台無しにしないようにしたいものです。
プロセスを永遠に楽しめるように、プロセスに注目できるスキルを高めましょう。
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