2011年11月8日火曜日

「ハングリーであれ、愚かであれ」がなぜ響くのか

私は、コンサルをしていていろんな組織のトップから末端の方まで、いろんなお話をお聞きし、お話し、沢山の思い出をいただきました。今後も続きます。

そのプロセスでつくずく思うことは、皆さん、賢いということです。少なくとも努力されている方はみんなそうです。なのに結果につながっているかと言うと必ずしもそうではない。それはどうしてでしょうか?先日も実験ばかりで、事が何も進まないような気がしてるんです」とある経営トップが嘆いておられました。

ところがそんなことになるのでしょう。

ひとつは、みなさん、賢くて一生懸命に考えておられます。理に適っていてとっても合理的です。しかし大局に立ち、全体をつないだら必ずしも合理的ではない。不合理なのです。
ひとつはPLAN→DOまでは確かに実行されますが、その先がないCHECK→ACTIONがない。特にACTIONがない。やってみたけどダメだったで終わりです。ひどい場合には、話をしただけで、終わっている。
そして、もうひとつ。
無意識の発言と、説得力のない無意識の内に誰からか学んだ正論と「その通り」の気持ち。つまり五感を通して入ってこない本心の見えない心。

もっとあるのかも分りませんが、もっとも大きな不思議。
だからスティーブ・ジョブズ氏の「ハングリーであれ、愚かであれ」が響き、胸に沁みるのではないだろうか?








マートワンが21年の歳月を費やして開発した<Beプログラム>は、人生脚本の存在を前提として、まずそれを認識したうえで書き直す作業を通じて、じぶん力を再生します。


その上で存在のあり方を、バランスのとれたものに調整し、幸せな人生を実現できる自分を創造します。その意識と力を周囲に拡大できるリーダーシップに育み、幸福なチームを創造できる力にします。


<Beプログラム>を特別な個人、つまり「あなた」あるいは特別な組織つまりあなたの会社にあてはめてサポートするのが<Beプロジェクト>で、幸せなチームを創れる自分づくりを目的にしたビプロジェクトです。


個人の場合ははゲンキポリタン、組織の場合はマートワンが担当します。


 さて幸せなチームの定義は、お客さまはもちろん、組織に働く人々、取引先の方々が幸せを感じることができる共同体のことで、短期的な利益の追求ではなく、長期に及ぶ利益を実現するチームを実現します。


もちろん先々のことまですべてが分かるわけではないので、実際にはお約束は困難です。しかし結果的に実現可能にする要素を育みます。


ライフスキルよりさらに中味の濃いビジネスマン向けのレッスンです。マイ・プロジェクトを改良したもので、自分は何者か?存在のあり方を見直します。人間力、幸福な暮らし、さらにリーダー、チームワークというように、個人からチームリーダーへの成長をサポートします。幸福なチーム、幸福な家族を創造する力を築きます。


Beプロジェクトとは、
じぶん力を高めて、幸福な人生、幸福なチームを育む力を身につけることです。

たとえば同じ商品・サービスを取り扱っていても、利用する人の感じ方が違ってしまうのはどうしてでしょうか?人間力の違いで片づけてしまうのは簡単にしても、それで解決されるわけではありません。

「感じ方」は買い手、売り手にとって、実は一番大きな共通のテーマではないでしょうか。人の行動のすべては感情を満たすことに向けられているからです。購買行動も感情を満たす行為です。商品・サービスを買うことが目的ではなく、満たしたい感情を満たすことこそ目的なのです。

利用する人の感じ方が違う原因はたとえば接客力の違いに影響されますが、その違いはどのようにして起こっているのか、次のような階層になるのではないでしょうか。

1)商品・サービス
2)技術・知識
3)考え方・価値観
4)BE(存在のあり方あるいは何者か?)





この内、他者に見えるのは、1)と2)です。 <技術・知識>だけあっても、ほとんど何も作れないし、サービスすらできません。たとえ作ったにしても人の心に届くものは作れません。つまり売れない。売れたにしても、良いものと何でもいいを使い分ける2極化した賢明な生活者の状況に適した判断で便利よく使われるだけです。
売れるけれど利益は出ないという状況に押しやられてしまう。サービスだって同じでマニュアル程度のことしかできないのです。

<技術・知識>を支えているのは、何を美しいと思うか、何を大事にしているか、何を持って善しとするのかという基準となる尺度があってはじめて<技術・知識>は生かされます。つまり<考え方・価値観>があることで、どの方向に何のために力を発揮するのかという道筋が出来るのです。

さらに<考え方・価値観>を動かしている<BE(存在のあり方)>という見えないけれど、最も重要な階層があります。BEとは、Be You、Be Happy、 be the best you can be(なれる最高の自分になる) 、あるいはビートルズの名曲<Let It Be>のように、存在を表現する存在動詞のことですが、日本には馴染みが薄い概念のような気がしてなりません。

セリフが魅力のシェイクスピアの作品群ですが、代表作「ハムレット」での有名なセリフ、"To be, or not to be"の翻訳に窮するのが何よりの証明ではないかと思うのです。「生きるべきか死ぬべきか」というように訳されますが、苦肉の策であって適切とは思えません。それだけ翻訳が難しいのはふさわしい概念がないからです。自分は「あるがままにか、あるがままではなくか」ということだと解釈しています。そうすると物語との整合性もあるように思います。

<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>とは、どんな風に働いているのか、どんな風に生きているのか、毎日の暮らしで何を信じ、恐れ、喜び、悲しみ、怒り、聴いたり、話しているのか、態度や姿勢のこと。いってみればこれこそが本心です。

<考え方・価値観>は言葉で伝えることができますが、<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>については、その道のプロを除けば、ほとんど言葉にすることは困難です。だからと言ってないわけではなく、誰にでも必ずあります。ほとんどの場合、ドキドキする、楽しい、腹がたつというように感情で表すのが精一杯で、アサーティブであることのバックボーンです。BE(存在のあり方)に気がつかない限り溌剌とした人生を過ごすことも、コミュニケーションもできない。自分とのコミュニケーションが不全のまま、他者とコミュニケーションできるはずがないからです。

本心から離れた価値観に基づいた商品やサービスが売れるはずがないのです。いわゆるコンセプトとは、本心から発したものでありたい。たとえば私たちが仕事と呼んでいるのは、この3つの階層全体であり、人はその全体を感じ取っている、つまり仕事シーンでのお客はこの全体と取引しているのです。安いとか、便利だとかいう理由だけが買う場合の原因ではないのです。言い換えれば買ってもらえるというのは、人間力や仕事力を提供している売り手に向けた共感や敬意の表明なのです。

それは恋愛でもなんでも同じで、真に幸福な恋愛に押し上げるか、逃避の場としての恋愛に成り下がるかは、<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>によるのです。
<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>は生きる構えに影響を受けているのは明らかで、適切化のスキルがライフスキルなのです。

ビジネスシーンでのクレームにあるような「どのような教育をしているのか」という質問は、正にそのことを明らかにした言葉ではないでしょうか。その裏には応酬性へのこだわりがある場合が少なくない。応酬性とは、簡単に言うとギブ&テイクのことで、クレームの場合には対価への不満です。

日本古来の武術である柔道や剣道で求めた世界と同じように<技術・知識>を生かすには、それにふさわしい<考え方・価値観>と、その根底である<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>に重きを置いた考えに共通しています。

Beプロジェクトとは、LET IT BE、つまり自分らしく自分に適合した揺るぎのない「じぶん道」を築くレッスンです。

2011年11月3日木曜日

マートワンの幸福生産性向上レッスン


iLessonsは、マートワンが主催するインターネット講座です。知識の習得だけではなく、得た知識で問題が解決できるようにサポートするレッスンです。ひとりでも多くの方にひとつでも多くの幸福をお届けすることをコンセプトに、安心.安価、気軽を基本とした実践型セミナーです。話しにくい問題もメールでフランクにご相談いただける利点を生かし、どこからでもアクセスしていただけます。またレッスンによってはSkypeを使った電話でのコミュニケーションも可能です。「きっと幸福にする」それがマートワンの仕事です。それではもっとも人気の高い、ライフスキルレッスンとBeプロジェクトをご紹介します。



実績はみなさまの声が実績です。ライフスキルは世界保健機構が人が幸福な暮らしをするために必要と定めたスキルです。みなさんは誰から教わりましたか?そしてそれを使っていますか?その実態は寂しいものです。


ほとんど知らないまま見よう見まね、決して感情的になってはいけないことに感情で判断して行動している場合が少なくありません。その結果、一時的には良かっても、後々苦痛の種のなrってしまうこともあります。行動の前に、もう少し正しい知識を持っていたら、違う結果になっていたことがたくさんあります。それを学び最善の行動ができるようにするのがライフスキルレッスン(ライフスキル講座)の目的です。







マートワンが21年の歳月を費やして開発した<Beプログラム>は、人生脚本の存在を前提として、まずそれを認識したうえで書き直す作業を通じて、じぶん力を再生します。


その上で存在のあり方を、バランスのとれたものに調整し、幸せな人生を実現できる自分を創造します。その意識と力を周囲に拡大できるリーダーシップに育み、幸福なチームを創造できる力にします。


<Beプログラム>を特別な個人、つまり「あなた」あるいは特別な組織つまりあなたの会社にあてはめてサポートするのが<Beプロジェクト>で、幸せなチームを創れる自分づくりを目的にしたビプロジェクトです。


個人の場合ははゲンキポリタン、組織の場合はマートワンが担当します。


 さて幸せなチームの定義は、お客さまはもちろん、組織に働く人々、取引先の方々が幸せを感じることができる共同体のことで、短期的な利益の追求ではなく、長期に及ぶ利益を実現するチームを実現します。


もちろん先々のことまですべてが分かるわけではないので、実際にはお約束は困難です。しかし結果的に実現可能にする要素を育みます。


ライフスキルよりさらに中味の濃いビジネスマン向けのレッスンです。マイ・プロジェクトを改良したもので、自分は何者か?存在のあり方を見直します。人間力、幸福な暮らし、さらにリーダー、チームワークというように、個人からチームリーダーへの成長をサポートします。幸福なチーム、幸福な家族を創造する力を築きます。


Beプロジェクトとは、
じぶん力を高めて、幸福な人生、幸福なチームを育む力を身につけることです。

たとえば同じ商品・サービスを取り扱っていても、利用する人の感じ方が違ってしまうのはどうしてでしょうか?人間力の違いで片づけてしまうのは簡単にしても、それで解決されるわけではありません。

「感じ方」は買い手、売り手にとって、実は一番大きな共通のテーマではないでしょうか。人の行動のすべては感情を満たすことに向けられているからです。購買行動も感情を満たす行為です。商品・サービスを買うことが目的ではなく、満たしたい感情を満たすことこそ目的なのです。

利用する人の感じ方が違う原因はたとえば接客力の違いに影響されますが、その違いはどのようにして起こっているのか、次のような階層になるのではないでしょうか。

1)商品・サービス
2)技術・知識
3)考え方・価値観
4)BE(存在のあり方あるいは何者か?)





この内、他者に見えるのは、1)と2)です。 <技術・知識>だけあっても、ほとんど何も作れないし、サービスすらできません。たとえ作ったにしても人の心に届くものは作れません。つまり売れない。売れたにしても、良いものと何でもいいを使い分ける2極化した賢明な生活者の状況に適した判断で便利よく使われるだけです。
売れるけれど利益は出ないという状況に押しやられてしまう。サービスだって同じでマニュアル程度のことしかできないのです。

<技術・知識>を支えているのは、何を美しいと思うか、何を大事にしているか、何を持って善しとするのかという基準となる尺度があってはじめて<技術・知識>は生かされます。つまり<考え方・価値観>があることで、どの方向に何のために力を発揮するのかという道筋が出来るのです。

さらに<考え方・価値観>を動かしている<BE(存在のあり方)>という見えないけれど、最も重要な階層があります。BEとは、Be You、Be Happy、 be the best you can be(なれる最高の自分になる) 、あるいはビートルズの名曲<Let It Be>のように、存在を表現する存在動詞のことですが、日本には馴染みが薄い概念のような気がしてなりません。

セリフが魅力のシェイクスピアの作品群ですが、代表作「ハムレット」での有名なセリフ、"To be, or not to be"の翻訳に窮するのが何よりの証明ではないかと思うのです。「生きるべきか死ぬべきか」というように訳されますが、苦肉の策であって適切とは思えません。それだけ翻訳が難しいのはふさわしい概念がないからです。自分は「あるがままにか、あるがままではなくか」ということだと解釈しています。そうすると物語との整合性もあるように思います。

<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>とは、どんな風に働いているのか、どんな風に生きているのか、毎日の暮らしで何を信じ、恐れ、喜び、悲しみ、怒り、聴いたり、話しているのか、態度や姿勢のこと。いってみればこれこそが本心です。

<考え方・価値観>は言葉で伝えることができますが、<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>については、その道のプロを除けば、ほとんど言葉にすることは困難です。だからと言ってないわけではなく、誰にでも必ずあります。ほとんどの場合、ドキドキする、楽しい、腹がたつというように感情で表すのが精一杯で、アサーティブであることのバックボーンです。BE(存在のあり方)に気がつかない限り溌剌とした人生を過ごすことも、コミュニケーションもできない。自分とのコミュニケーションが不全のまま、他者とコミュニケーションできるはずがないからです。

本心から離れた価値観に基づいた商品やサービスが売れるはずがないのです。いわゆるコンセプトとは、本心から発したものでありたい。たとえば私たちが仕事と呼んでいるのは、この3つの階層全体であり、人はその全体を感じ取っている、つまり仕事シーンでのお客はこの全体と取引しているのです。安いとか、便利だとかいう理由だけが買う場合の原因ではないのです。言い換えれば買ってもらえるというのは、人間力や仕事力を提供している売り手に向けた共感や敬意の表明なのです。

それは恋愛でもなんでも同じで、真に幸福な恋愛に押し上げるか、逃避の場としての恋愛に成り下がるかは、<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>によるのです。
<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>は生きる構えに影響を受けているのは明らかで、適切化のスキルがライフスキルなのです。

ビジネスシーンでのクレームにあるような「どのような教育をしているのか」という質問は、正にそのことを明らかにした言葉ではないでしょうか。その裏には応酬性へのこだわりがある場合が少なくない。応酬性とは、簡単に言うとギブ&テイクのことで、クレームの場合には対価への不満です。

日本古来の武術である柔道や剣道で求めた世界と同じように<技術・知識>を生かすには、それにふさわしい<考え方・価値観>と、その根底である<BE(存在のあり方あるいは何者か?)>に重きを置いた考えに共通しています。

Beプロジェクトとは、LET IT BE、つまり自分らしく自分に適合した揺るぎのない「じぶん道」を築くレッスンです。

2011年7月18日月曜日

人生も仕事もゲームのように楽しいものだ




人と人が出会うことの最大の価値は「創造」することにある。出会う数が多いほど、「創造」の数が増えることは楽しい。たとえばこの人のために働きたいと思わせるには、この人の内側に結果を出すというポジティブな信念がなければならない。



自分の人生に出した結果にワクワクすることはあっても、自分が人生に努力したという話に興奮するものはいないからだ。しかも結果を出すためのインスピレーションや勇気が他者への思いやりの上に立脚したものでないと、機能することはまずない。

たとえば、楽しいという店とそうでない店がある。世界最大の家具小売業「イケア」について書かれた書籍の一部を紹介しよう。

実際にはイケアの来店客の大半は、もっとサービスをしてもらっているはずである。ところでイケアは、広く大衆に家具を提供する店だと自分でアピールしているが、だからといってけっして下流階層のための家具店ではない。それどころか店内を見回すと、お客の大半は中間層との印象を受ける。
そもそもマイカーがなければ家具の部品を家に運ぶことができないのだから、そのことからしでもイケアはお金のない人たちの店ではない。
イケアのお客の多くは、店に対して愛憎半ばする思いを抱いている。彼らにとってイケアは、「人生楽して得られるものは何もない」ということを教えてくれる国民学校のようなところだ。料理界の大御所ヴオルフラム・ジーベツクは、あるときイケアで小さな仕事机を買って組み立てたことがあった。
その結果どうなったかを、彼は〈ツアイト〉紙に寄せたエッセイで次のように述べている。「そのためにわたしは二日と一晩を費やし、その結果2キロ体重を減らし、妻には愛想をつかされ、子供たちの尊敬を失った」
イケアのお客にアンケート調査したところ、女性よりも男性のほうが家具に不満を持っていることがわかった。それは戸棚やシステムキッチンを組み立てるのはたいてい男性のほうで、加工品の不備に気づくことがよくあるからだ。しかし最大の理由は何といっても、思ったよりも組み立てに悪戦苦闘するからである。

(一部割愛)

イケアのお客は組立作業の経験がほとんどない。そのためチェストの組み立て一つに何時間もかかってしまう。それに加えてイケアの家具は、一人では組み立てられないようにできているのだ。だから誰の助けも借りずに一人でやると、かならずどこか傷めてしまうのである。
家具の組み立てに一番大事な道具は、INBUSと呼ばれる六角レンチである。これはたいていの家具に添えられていて、イケアのシンボルの一つでもある。INBUSというのは略号で、INは六角形のレンチのこと、BUSは「Bauer und Schaurte」という会社名の略号で、この会社は1936年にレンチ・スパナ類をはじめて市場で販売した。
イケアのお客が手伝わなければならないのは、家具を買うときだけではない。レストランもショッピングと同様セルフサービスになっている。聞によって表示の仕方はまちまちだが、食べた後の食器類は洗い場に出すよう指示標識が出ている。こうしないと低価格が維持できない。

その一方でイケアはお客に対してきめ細かなサービスもおこなっている。たとえばおむつ交換台におむつを備え付けておくのは、イケアにとっては鉛筆と巻尺を用意するのと同じくらい当たり前のことである。しかもおむつは女性用トイレだけでなく、男性用トイレにも備え付けてある。
このように何かと注文の多い店ではあるが、来店客の大半はイケアのサービスにおおむね満足しているようだ。そうでなかったらこれほどの成功は考えられない。もちろんイケアの魅力が(少なくともドイツの一般大衆からすれば)その安い価格にあることはたしかである。しかしそれだけではない、多くの客はイケアのショッピングの仕方に心地よきを感じている。

イケアではお客はほっぽらかしにされ、お客のほうもそれが気に入っている。販売員がしつこく付きまとうこともないし、あれこれ奨めることもしない。だが評論家のハラルド・イェーナーは〈ベルリナー・ツアイトゥング〉紙の中で、このような客と店のあり方をいみじくも次のように分析している。「たしかに専門的なアドバイザーがいないことで、付加価値は減って品物は安くなる。またこのような買い方は、自分とわが家の聞に権威が介入するのを許さない現代人の気質には合っているのかもしれない。しかしそれによって、その道のプロとの出会いを失っていることも確かである」

自分と家具だけの世界

とくに若い人たちにとっては、店員がじろじろ監視して、客の懐具合を品定めするようなことがないのは気楽でいい。どうやって組み立てるのか、いくらぐらいするのかを夫婦や親子の聞でやりとりしているときに、あれこれ口を挟まれたのではたまらない。イケアでは好きなだけゆっくり商品を眺め、あれこれ試して比べてみることができる。お客はプレッシャーを感じることがない。そのかわりに専門家のアドバイスはうけられないが、むろん望むところである。店内を動き回っていると、まるで気の合う仲間たちと一緒にいるような気がしてくる。実際イケアの店は待ち合わせの場所に適しているように思え、雰囲気もアットホームだ。店内の勝手もわかり、なじみのものばかりである。従業員たちものんびりした印象を与える。従業員たちの家族的な雰囲気が、お客にも伝染する。来店客はイケアのことを、行くたびに新しいレパートリーでもてなしてくれる料理上手な親戚のおばさんのように思っている。

哲学者のロベルト・ユンクとイヴアン・イリイチは70年代、「これ以上サービス社会を広げてはならない」という要求を突きつけたが、お客に家具を運ばせ作らせているイケアは奇しくもこの要求をかなえている。「新しいサービスが次々と生まれることで、人間本来の活動能力がだめになってしまう」とこの二人の哲学者は嘆いた。「専門家の集団が、本来自分でやるべき仕事を人聞から奪ってしまっている。だからちょっとしたことでいちいち専門家の助けを借りるのではなく、身のまわりのことは自分でやるべきである。さもないと人間は生きる知恵をなくして他者に寄りかかるだけになってしまう」
と彼らはサービス過剰社会の危機を警告した。またデザイン研究家のヴイクタl・パパネックも、「お客に家具を組み立てさせるのは、利用者と生産者の講を埋めるのに役立つ」と、イケアの方針を評価した。

「だから自分の手を使うことに感動するのです」イケアでものを買って組み立てると、人の役に立ったという心地よい気持ちを味わうことができる。家具を棚から取りおろして、自分の車で家に持ち帰り、部品を組み合わせて家具を作り上げる。多くのお客はこれによろこびを感じる。それは子供が飛行機のプラモデルを作ってよろこぶのと同じである。それは遊びごとに夢中になっているときに味わううきうきした気持ちだ。あるフランスの女学生がうまいことをいった。「イケアつてなんだか大人のレゴみたいね」
ブランド商品研究家のエレン・ルイスは、「イケアが他を凌ぐ強力なブランドにのし上がれたのは、お客を参加させることに成功したからだ」という。

IKEA 超巨大小売業成功の秘訣(リュディガー・ユンクブルート:著/日本経済新聞出版:刊)

人生も仕事もゲームのように楽しむ

どうだろう?ここにはいまを生きる私たちが自分の人生に望んでいるすべてが収録されていないだろうか?
お客を参加させることに成功したと語るのは簡単だが、その道のりが簡単でなかったことは誰でも気がつくことだ。結果を出すために他社とはっきり差をつけることを至上命令にしたトップ(イングヴァル・カンプラード)の思いがお客の参加という形になった。つまり自分の人生が他者にインスピレーションや勇気を与えた結果が、お客の参加という結果を創造したのだ。自分の人生ストーリーが傑作であればあるほどその価値は大きく収入は増えるという事例だ。

女学生の「イケアつてなんだか大人のレゴみたいね」という言葉は、私たちが人生をどう過ごすべきかについてこれ以上ない明確な回答のようだ。

私たちはまだ十分に自身の人生に参加していないことに気づく人も少なくない。







人生も仕事もゲームのように楽しいものだ。他人の真似をして人生や仕事をつらいものだと思う理由はない。



2011年7月9日土曜日

スケジュール管理、時間管理は計画そのもの




「スケジュール管理、時間の使い方」は、心に決めたことを実行するためにあることです。

手帳本が売れるのは、いかに心に決めたことがない人が多いかを物語っています。

心に決めたこともないのに、「スケジュール管理、時間の使い方」をしょうとするから難しいのです。集中力も同じで、心に決めたことがないのに、集中しようとしても集中できないよね。

集中するには、しなければならないことではなく、したいことを強く意識することです。集中するとは、しないことを決めることで、しないことが決まるのは、「したいこと」に時間を思い切り使いたい欲求があるからです。

したいことがなにか?自分の心を決めましょう。
ライフスキルで言う「自己認識スキル」「意志決定スキル」「目標設定スキル」が問われます。問われていますが、そんなことは気にせず、なにをどうしたいのかを決めればいいのですよ。

つまり、一番大事なことは、どういう気持ちになりたいかです。
「こういう気持ちになりたいから、これをすることでこうなりたい」と考えて、自分の心を決めるようしましょう。




2011年7月2日土曜日

顧客第一主義



「成功する組織には共通している点が一つある。それは顧客に重点を置いているということである。企業であろうと医師や弁護士、病主、病院、公共機関であろうと、顧客を大事にするところだけが成功するのだ。」・・・・「1分間顧客サービス」の序文にこう書かれている。・

ところが守られて実行されているかと必ずしもそうではない。顧客第一主義と掲げながらも、実際にはそうはなっていない。

顧客第一主義でなくても成功している要因はいろいろあるが、たとえばアップルが次ぎ次に出す製品の魅力は、アップルストアの対応もまずさを帳消しにする。それでも製品力が顧客にサプライズを与えているという点では見えない人間力が人々の心をとらえている。

製品力ではそれほどでなくても、独特の空気を発する空間の魅力で心をとらえる場合もある。あるいは仕組みで心をとらえることもある。しかし、それほどの魅力を発する組織がどれだけあるかと言えば数えるほどしかなく、唯一のよりどころとして顧客に重点を置くしかない場合がほとんどなのだ。

にも、かかわらず顧客第一主義になれないのは、お客さまを大事にすることよりも、それ以上の強い関心があるからだ。モチベーションが高くてもそのモチベーションがお客さま以外に向いていると、逆に顧客をないがしろにすることもある。そこでは結果と原因の関係が理解されていない。

因果関係の理解こそは仕事を、人生を豊かにするものだ。なぜスターバックスに列がだきるのか?なぜイケアには楽しそうに買い物する客が溢れているのか?現象は自然に発生したのではなく、意図されたものなのだ。結果を出すための原因を因果関係というプロセスとプロセスを生み出す環境によって導き出したのだ。

つまり顧客第一主義をスローガンのように掲げるのではなく、そこに至るプロセスと環境を用意するのが先なのだ。そのスタートが「人間を知る」ことだと思うのだ。

人間を知るために運命脚本とドラマ的な交流について説明した。それは売る側にあるし、顧客にもある。その背景にある心理は複雑だが、そこにマーケティングとマネジメントの本体が潜んでいる。それを紐解く作業は簡単ではないが、顧客第一主義をスローガンにしているよりは、よりよい結果に辿りつくだろう。

顧客に重点を置き、そこからしか得られない満足感に救われ、モチベーションが高まり、顧客の心を動かす感動に勇気を与えられる。自分がなれる最高の自分に進んでいくプロセスを歩いてみよう。マイ・プロジェクトだ。

2011年6月30日木曜日

ライフスキルとゴールデンルール そして マイ・プロジェクト







働き方は生き方

仕事は人生と表裏一体だから働き方は生き方と表裏一体です。自分の代わりを誰かに頼めるわけではないので、自分の働き方は自分の仕事そのものになって表れます。だからみんなかたつむりみたいなものです。

仕事ができても人格、人生が破綻していたら何にもならない。
逆もそうだと思います。でも最近はそういう人が目立ちませんか?

ぐらつくのはライフスキルが危うくなっているからだとも言えます。
ライフスキルとは世界保健機構(WHO)が定めた、「人が健全かつ幸福に暮らすために必要なスキル」のこと。

ライフスキルを育むために欠かせないスタイル、つまり働き方、遊び方、生き方そのものである「ゴールデンルール」の具体的な実践方法を中心にご説明、提案したいと思います。

まずなぜゴールデンルールなのか。さらにライフスキルの基礎を形づくる積極的な自己表現(=アサーティブ)についても考えたいと思います。

ライフスキルとゴールデンルール

これまで説明してきたように、人間とは厄介でおもしろい生き物です。みんなそれぞれにライフスキルのありようが違い、それによって随分と違う人生を過ごしています。ライフスキルとは、生きる技術であり、生きる力です。
技術は使ってこそ価値があるもので、その構造や学術的なこととして知識を持っても意味がありませんせん。あなたが心理学者であるなら別ですが、一般のひとはライフスキルを学ぶために生きているのではありません。英語の学習と同じで知識として身につけるより、ツールとして使いこなせることが大事です。

それと同じ理由から、知るより使いこなすにフォーカスしています。そのためにマートワンとゲンキポリタンでは、課題(タスク)を設定して、クリアするプロセスを通じてライフスキルを育む方法をアプローチしています。そのツールがゴールデンルールであり、それは自分のスタイルを創造するものだと確信しています。


自分のスタイルを身につけてライフスキルを育む

マイプロジェクトで選ぶゴールデンルールは次の7つのなかから選びます。
それぞれのルールに、関連するライフスキルを記載しています。


●自分と周囲の人を尊重し励ます
コミュニケーションスキル (効果的コミュニケーション ・対人関係)

● プロセスに注目する 
自己認識スキル(自己認識・共感性)

● 決めたことは責任をとる  
意志決定スキル(意志決定・問題解決)

● できるまでやる 
意志決定スキル(意志決定・問題解決)

● いまこの瞬間に集中する 
意志決定スキル(意志決定・問題解決)

● 理想と現実の差をうめる目標を選ぶ
目標設定スキル(創造的思考・批判的思考)

● 感情的な行動をしない 
ストレスマネジメントスキル (感情対処・ストレス対処)


マイ・プロジェクト


マイ・プロジェクトとは、自分をプロジェクトすること。つまり人間には仕事する以前に、未解決な問題を抱えた存在であること。人それぞれに無意識の生きる構えを持っています。その生きる構えによって、解釈の違い、判断の違いがあり、対応、行動の違いが生じます。

ライフスキルが機能している状態なら、解釈、判断、対応、行動、コミュニケーションも機能させることができます。しかしライフスキルに不足があり、機能していない場合には、それらも機能しなくなります。

いくらビジネスに関する知識があっても、知識を機能させることはできなくなるのです。多くのトップやマネジャーと接して、仕事を十分に機能させることができない場面に遭遇してきましたが、問題になるのは個人が抱えた問題である場合がほとんどなのです。

よくあるご相談は、ビジネススキルを充分トレーニングしているのに、効果がでないというものです。
この場合、個人的な未解決な問題が影響しています。つまりスタイル、フォームが悪いのです。ようするにゴールデンルールができていない。「できるまでやる」ことができない。「感情的な行動をしない」ように進められないなどの問題です。

俗に性格の問題として片付けることが少なくありません。しかし本当にそうでしょうか?生き方の問題は仕事の行き方の問題となって表れているのです。そして一番苦しんでいるのは当の本人なのです。

この致命的な問題に、ぶつかって改善しようというのが、マイ・プロジェクトです。

結果(成果)には原因があります。原因になっているのは主にプロセスと環境。ここに個人的な要因が強く影響しています。個人の未解決の問題が知識や技術の修得、センスに影響を与えているのです。また目標の設定と取り組み方とはダイレクトに関わっています。

ここまでは目に見えることです。この水面下、見えない領域があって、目標の根拠になっている「目的」「価値観」があります。これら心の在り方は言葉にするのも容易ではありません。


マイ・プロジェクトとは、見えない部分を見えるようにする。見えない部分を意識してより自分にフィットしたじぶんらしい生き方(働き方)をするものです。


働き方は生き方そのもの、生き方が変わらないと働き方は変わらないので結果も変わらない。それは逆のプロセスもあることを意味しています。


なれるだけいっぱい幸福になる方法をご提案します。



2011年6月5日日曜日

本当のリーダーシップ

あるカフェでアルバイトとして入店したヒロシは飛びっきりのセンスを発揮していた。
なによりヒロシが際立っていたのはチーム力のセンスだ。
優れたセンスを見て取ったエリアマネジャーは、彼を正社員にして、他店のサブマネジャーに就かせた。

そして彼の仕事の動作をメモしていった。
エリアマネジャーは、自身の上司に書き留めたメモをもとに説明をした。さらに上司の目で直接観察してもらうために現場に呼んだ。二人の上司はさりげない訪問の形をとり、ヒロシの仕事を観察した。

彼らの目にもヒロシは生まれながらのリーダーのように見えた。
なにがヒロシを生まれながらのリーダーにしていたのだろうか?

エリアマネジャーとその上司二人は、感覚ではなく言葉に置き換えるために分析した。

一番目に、まずなによりも、ヒロシはどんな問題にも、どんなときにも、一歩先、二歩先を見ていた。ほかの店とは違って、資材が届くのを待ったことはなかった。いつも欲しい時にはすでに調達してあった。

後でインタビューしたときに分ったことだが、その段取りのよさの目的は仲間が働きやすい環境を作ることにあった。それはお客さまに不便をかけないための必須だった。彼には人間はみんな対等だという意識があり、それを現実にするためにどうしたらいいのかについて自分で考えた結論が「段取り」に集約されていた。

二番目に、ヒロシには自分がどうしたいかというビジョンがあり、それは正確に伝達されてあって、誰もが同じように理解していた。

ヒロシにはうまくできない原因は指示する者にあるという強い思いがあった。指示する場合には、できるかできないか、スキルの確認が先であり、スキルが不足していたなら補充してから指示しないと失敗はすでに決定的なのが当たり前だと知っていた。スキルかあってやる気の前提条件だと考えていた。誰に言っても同じように理解できない表現は表現そのものが間違いであり、指示する者の責任は明白だ。

三番目は、ヒロシ自身が流す汗に表われていた。

指示は過酷な場合がある。自らが汗を流さないと過酷に挑戦しようとしないのは当然だと考えていた。だから誰よりも汗を流すことを信念にしていたのだ。

四番目は、大局観があり、客観的に自分のことも客観的に知っていた。
店長にならないかと打診されたとき、ヒロシは言った、
「本当は、自分の手でやるほうが好きなんです。」

インタビューで分ったことだが「大局観」の出所は矛盾に対する認識の仕方にあった。「清濁併せ呑む」ということわざがある。広辞苑によれば善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。とある。度量の大きさを指すことも多い。矛盾を受け入れることは矛盾のまま押し付けてできることでない、それは暴力だとと熱く語る。

「清濁併せ呑む」のが優秀な社会人だと押し付けたとしたら、矛盾の強制でしかない。ヒロシに言わせると「清濁併せ呑む」とは、矛盾が解決された状態だと言う。矛盾を受け入れることは、それぞれの思考回路を通過してそれぞれに理解できた上での結論でしかないと語る。考え方の集積で矛盾は解決される、それはアートのように美しい円を描くという。

矛盾を解決して、円を描く求心力になるのが組織の目的だと言う。どのような組織にもその活動にはいろんな要素が絡んでいて因果関係がある。この因果関係が、あちら立てればこちらが立たずという現象の原因にある。

なぜそうなるのか、それは因果要因が目的と一致しない考え方があるからだと言う。もし因果要因のすべてが目的と一致していたら矛盾は解決される。一致していないから矛盾があり、それを解決するために矛盾を受け入れろという。なんとも乱暴な話だと言うのがヒロシの自論だ。

そうではなく、因果要因のひとつひとつがある方向に集中的に向いていたら、それぞれの要因は矛盾がなくなる、矛盾があるのはそれぞれの要因がバラバラの方向に向いているからだ。だから正しく機能するように因果要因のひとつひとつに正しい考えを浸透させて、つなぎ直していくことがリーダーの仕事だと自論を展開した。
なにをしたいのかという目的を持たないチームに矛盾が満ちているのは当たり前ですよと語った。

三人はリーダーシップとはなにかを思い知らされた気分になったという。

ヒロシは数ヶ月前まで、正社員につきたいばかりを考えてアルバイトにも就かずにいたフリーターだった。