2015年5月13日水曜日

聴き続ける




自分が会社勤めしていたとき、役職に引き上げてもらった際に、当時の上司に教わったことがあります。

とてもシンプルな教えでした。
「分からなかったら、人に聞け」

自分はそれを実践しました。
とにかく聞く。簡単に知識が転がり込んできました(笑)

自分が、経験、体験していなくても、知識は増えていきました。
本当にどうしていいのか、わからない時に役に立ちましたが、
それだけでなく、集めた知識から応用することも見つけました。

人に聞いて回っているうちに
聞いた人たちの上に立っていました。

自分が部長になったとき、半数はかって教わった人で
半数は「なんで」「どうして」「どうしたらいい?」と聞きながら
自分が育てた人でした。

ずっと聞き続けたことになります。(笑)










2015年5月11日月曜日

思い込みの力、つまり信念。




人は、一度自分にうまくやれた経験があると、自信ができるものです。

同じことは、組織にも言えます。

わたしは、チェーン展開する企業の業績改善を引き受けた場合、どこか一箇所に成功させます。
そうすると雪崩れを打ったように、水平展開が始まり、全店に広がります。
車座をテコにして、既成観念を打ち破るのです。

最初は、そんなことできるわけがないと言っていた連中が、嘘のように熱心にやります。
これを見ても分かるように、「きっとやれる」「やれる」と信じると、やれてしまうのです。

子どもと同じです。子どもは友だちがやっているのを見て。やりたいと思うと、友だちがしているのを真似て挑戦します。そしていつの間にか同じように遊んでいます。

「やれない」と言っていた連中が、やれるようになっていく、その変わり用のプロセスでなにもしません。わたしは見ているだけです。
勝手にやっってくれます。

同じことを他の会社でプレゼンしても、やはり最初は「自分たちにできる」と思わないので、食いついてこないし、やらせてもできません。
それでもやらせますが、いくらやらしてもうまくできません。

そこで目星をつけた1箇所(店)にやらせます。うまく行き始めると、どんどん良くなります。

それを見ていた他のマネジャーも、やり出します。やはり水平展開が起こり、全店がやれるようになります。


なんのことない。やれると信じる力の偉大さです。個人でも、組織でも同じです。






アサーティブな脳と心を育てる

戦後なら一生懸命働くことでした。

昭和の成長期に働いていた人なら、みんな「頭を使って体を動かせ」と教えられたものです。それ以前の世代なら「体を動かせ」だと思います。
いまでは「みんなで力を合わせて働け」です。

古い世代がイメージするのは、車座です。
賢い人ほど「車座意識」が強いと思います。それを推奨もします。

しかし「みんなで力を合わせてがんばろう」ということは、車座になることではありません。車座は外の社会に背を向けて内向いた状態だからです。

いまは外に向かって共有、共感が大事にされる時代です。
内向きな組織への忠誠心、仲間内での協調性を重視した関係は、仲間の突出を監視してしまい、成長をけん制するからです。

花見での車座光景を思い浮かべてみてください。車座は内向きで自分たち以外に背を向けています。
日本社会は長い間、この光景を推奨してきた傾向があります。その顕著な事例が「忠誠心」とそれを支える「滅私奉公」の精神です。

人によって考え方はいろいろですが、この状況は「ぬるま湯」のようなもので、浸かっている間は心地が良い。しかし長い間浸かっているとふやけてきて「会社離れ拒否」になります。努力する必要がないからです。これは「隙あらば辞めてやろう」というぐらいの意気込みのある人が帰属意識で踏みとどまっているのとはわけが違います。

それが「右にならえシンドローム」になってしまうと、会社はいやでも停滞します。この停滞を打ち破るのは、車座を解体することです。

同じことはどんな業界にも当てはまります。
「みなさん、なになにしますよ」と言われると、横並びでそれに従う。

このような状態が慢性化してしまうのは、「自主性喪失病」で、明らかな病気です。
本当に大事なのは「自分は人と違う特別な存在」ということを強調するのが競争に勝つ要因なのに。

車座を解くということはなんら自主性を必要としなかったやり方を否定して、自律と自立を取り戻すことです。そして外の世界を見るとき、自分の内側に「きっとうまくいく」という信念を置きます。

この信念があれば、世界を見る目は変わります。
ほとんどの人は、夢や希望を語りますが、同時に実現を妨げそうな要因を考え、萎縮してしまい行動に移しません。しかし「きっとうまくいく」と信じる人は、先に行動し、そこから生じる問題をひとつずつ、自転車に初めて乗ったときのように、試行錯誤しながらうまく乗れるように挑戦していきます。このとき、自分には無理だと思った人は大人になっても乗れません。つまり子どものように、乗りたい一心で、必ず乗れると信じて、何度も挑戦するだけです。


いますぐ横並びの、「できない、無理だ、」の車座から抜けることです。